まえがきチップスケール原子時計(Chip-Scale Atomic Clock, CSAC)は高安定、低消費電力、小型な周波数基準源として注目されている [1]。CSACの研究開発は、米国DARPAのプロジェクトとして、NISTを中心に2002年からプロジェクトが始まった。2011年には米Symmetricom社(当時)から民生用としてCSAC SA.45sの販売が開始されている。現在では、海底地震計や低軌道衛星など、消費電力や体積が厳しく制限される用途への展開も報告、計画されている [2][3]。一方で、更なる小型化、省電力化、低コスト化に向け、米国 [4]をはじめ、日 [5][6]、仏 [7]、中 [8]、露 [9]、韓 [10]、スイス [11]、イスラエル [12]など世界各国で開発が進められている。しかしながら、量子部の設計・製造の複雑さから、10 cm3以上の大きさ、消費電力は60mW程度にとどまっており「真のチップ化」にはほど遠い。我々は世界に先駆けて、原子時計のチップ化に取り組んでいるが、この複雑な量子部を精緻に設計するため、高精度かつ高速なCPT共鳴シミュレータの開発に着手した。これまでの原子共鳴シミュレーションでは、簡素な3準位モデルを採用しているため [13]–[15]、定量解析が不可能であった。そこで、我々は、より精密なモデルを用いた原子共鳴シミュレータを開発するとともに、時間応答の高速解析アルゴリズムの実装も行った。本稿では、それらの開発状況及びその応用例としてチップ化に適した原子共鳴の検出方法について紹介する。チップスケール原子時計2.1 装置構成図1に米国で開発されたCSACの装置構成の概略を示す。CSACは原子共鳴を観測するための量子部と、原子時計動作を維持するための制御回路とで構成される [16]。量子部は主に半導体レーザ、蒸気状のアルカリ原子と壁面衝突を防ぐためのバッファガスを封入したガス12図1 チップスケール原子時計の構成fRF/2光検出器レーザ原子λ/4fRF=fhfsのとき透過光強度が増加894.6 nmω1ω2CPTが生じるアルカリ原子のΛ型3準位fhfs(9.2GHz)6S1/26P1/2894.6 nm②アルカリ原子にレーザ光を照射する③透過光を観測する透過光fhfsfRFfRF= fhfs!fRFω1ω2①レーザをfRFで直接変調し,サイドバンドを発生させるfRFωRFシンセサイザガスセル相互作用しないサイドバンド相互作用するサイドバンド④同期検波してエラー信号を取得共鳴中心になるようにfRFを制御誤差信号fhfs例)エラー信号が負ならfRF>fhfsなのでfRFを下げる同期検波回路ループフィルタ誤差信号制御信号局部発振器電⼦回路量⼦部情報通信研究機構(NICT)では、携帯端末に利用できる周波数基準としてチップスケール原子時計の研究開発を行っている。原子時計のチップ化において、高精度な原子共鳴シミュレータは非常に重要なツールとなる。本稿では、原子時計動作において重要となるCoherent Population Trapping(CPT)共鳴のシミュレータの開発状況を紹介するとともに、チップ化に適した原子共鳴の検出方法について紹介する。NICT has researched and developed Chip-Scale Atomic Clock (CSAC) for a frequency refer-ence on portable device. To make the atomic clock one chip, the precise atomic resonance simu-lator will be an important tool. This article introduces the development status of Coherent Population Trapping (CPT) resonance simulator, which is important for atomic clock operation, and introduces an atomic resonance detection method suitable for CSAC as its application.6-2 原子時計チップ:量子部設計のための高速シミュレータの提案6-2Atomic Clock Chip:Proposal of High-speed Simulator for Physics Package Design矢野雄一郎 梶田雅稔 井戸哲也 原 基揚Yuichiro YANO, Masatoshi KAJITA, Tetsuya IDO, and Motoaki HARA2076 時空標準技術の社会実装を⽬指して
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