セル、フォトディテクタから成り、その構成は、アルカリ原子にレーザ光を照射し、透過光強度をフォトディテクタで検出するというシンプルなものである。従来の原子時計では遷移周波数に応じた周波数の電磁波を原子に照射するが、CSACでは 、 の2本のレーザ光の“差周波数”を用いている。レーザの差周波数() がアルカリ原子の遷移周波数 に一致したとき、アルカリ原子と2本のレーザが相互作用しなくなり、透過光強度が増加する(透明化する)[17]。これをCPT共鳴と呼ぶ。CPT共鳴に必要な2本のレーザ光は、半導体レーザの駆動電流を遷移周波数の半分の周波数 /2 で変調し、±1次のサイドバンドを利用するのが一般的である。従来の二重共鳴型小型原子時計との大きな違いは、アルカリ原子の数GHzのマイクロ波遷移(2.3で詳述)を検出するのにレーザ光を用いていることである。これまでの原子時計は、アルカリ原子に数GHzのマイクロ波(波長 数cm)を照射するため、波長以上の空間が必要となり小型化が難しかった。これに対して、CPT共鳴を使った原子時計では、2本のレーザ光(波長 約800 nmから900 nm)の差周波数を利用することで小さい空間でマイクロ波遷移を検出できるため、量子部をミリオーダまで小型化することができる。制御回路は、 Phase Locked Loop(PLL)を用いた周波数シンセサイザと、量子部の温度、レーザの発振波長及び印加磁場を安定化する制御回路とから成る。周波数シンセサイザで生成されるマイクロ波は、半導体レーザの変調に利用され、フォトディテクタからの出力を用いてフィードバック制御される。また、実際のパッケージでは、静磁場を印加するためのコイル、磁気シールド、温度制御に用いるサーミスタやヒータも搭載される。2.2 Coherent Population Trapping(CPT)共鳴ここでは、CPT共鳴について詳述する。CPT共鳴に関係する準位を図1の下部に示す。図のように、2つの基底準位と共通の励起準位で構成される系はΛ型3準位系と呼ばれる。アルカリ原子の場合、基底準位間の遷移はマイクロ波帯(数GHz)にあり磁気双極子遷移、基底–励起間の遷移は光波長帯(周波数 数百THz、波長 数百nm)にあり電子双極子遷移である。原子共鳴の共鳴線幅は状態間の緩和率(緩和時間の逆数)で決まり、CPT原子時計などのガスセル型原子時計の場合、基底準位間の線幅はアルカリ原子同士のスピン交換緩和や壁面との衝突緩和、バッファガスとの衝突緩和、光強度による線幅広がり(パワーブロードニング)に依存する。また、これら緩和率はガスセルの大きさやレーザ光強度によって値が決まる。典型的には、大きさ1 mm3のガスセルを用いた場合、線幅は数kHz程度である。基底–励起間の線幅はアルカリ原子とバッファガスとの衝突緩和が支配的である。バッファガスは、アルカリ原子と壁面との衝突緩和を防ぎ、基底準位間の線幅を細くする役割がある。バッファガスはネオンやアルゴンなどの希ガス、窒素などの不活性ガスが用いられる。封入される原子種、分子種でアルカリ原子との衝突断面積が異なり、また、バッファガス圧力により単位時間当たりの衝突回数が決まるため、バッファガスとの衝突緩和はバッファガスの種類と圧力に依存する。典型的には、1 mm3の大きさに封入されるバッファガスの圧力は10 kPaから100 kPaであり、基底–励起間の線幅は数百MHzから数GHzとなる。これはアルカリ原子の基底–励起間の自然放出率よりもおよそ数十倍から数百倍大きい。通常、レーザ光の周波数が光学遷移周波数と等しければ、レーザ光は原子と相互作用し吸収され、透過光強度が小さくなる。一方、周波数の異なる2本のレーザをアルカリ原子に同時に照射し、その差周波数が基底準位間の周波数差に一致したとき、レーザ光と原子が相互しなくなる現象が生じる [13][17]。この現象をCPTと呼び、原子からの蛍光強度が小さくなり原子が暗く見えることからこの状態は暗状態(Dark state)と呼ばれる。CPT共鳴の線幅は上述のとおり数kHz程度であることから、CPT共鳴は基底準位間の遷移周波数(数GHz)に対して数kHz程度の共鳴線幅の急峻な透過光強度変化として検出される。そのため、透過光強度の測定によって基底準位間の遷移周波数を測定できる。2.3 セシウム原子の超微細構造図2に133Cs D1 線の準位構造を示す [18]。アルカリ原子は核スピンを持つことから、原子核と電子のスピン相互作用により、基底準位(S1/2)は2つに分裂する。このようにスピン相互作用により分裂している準位構造は超微細構造(Hyperfine structure)と呼ばれる。セシウム原子の基底準位間の遷移周波数は現在の国際単位系の秒の定義となっており、正確に9 192 631 770 Hzである。静磁場中における原子の超微細構造はゼーマン効果によって縮退が解け分裂する。静磁場により分裂した準位は、磁気副準位あるいはゼーマンサブレベルと呼ばれる。また、静磁場によって生じる周波数シフトはゼーマンシフトと呼ばれる。各準位で磁気副準位の数は異なる。準位数は全角運動量量子数 によって決まり、 個の磁気副準位が存在する。磁気副準位は磁気量子数 で区別され、 は から までの208 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)6 時空標準技術の社会実装を⽬指して
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