ピュレーショントラッピング(CPT*2)共鳴を利用した周波数標準の提案に端を発し、2004年、米NIST (National Institute of Standards and Technology)の研究グループよりMEMS (Micro Electro Mechanical Systems)技術による小型原子時計モジュールが開発され、時計動作の実証に至った[1][2]。そして今日、当該技術はチップスケール原子時計(Chip Scale Atomic Clock : CSAC)として市販化も成されている[3]。これらの先駆的な研究開発は米国にとどまらず各国へと波及し、現在、多くの研究所や企業において小型原子時計モジュールの開発が進められている。ただし、CSACは、現状、数cm角のパッケージサイズを有しチップサイズとは言えない。100 mWオーダーの電力消費も電池駆動を想定するとまだまだ改善の余地がある。CSACの開発レポートによれば[4]、電力消費とチップ面積は主にマイクロ波発振器を含む高周波制御ユニットによって占められており、この高周波制御ユニットを簡略化し原子時計システムのサイズと消費電力を低減することが必須の課題と言える。原子時計は、先に述べたようにCPT共鳴に安定化されるマイクロ波発振器を必要とする。Rbを使用する場合、発振器はRbの超微細構造の遷移周波数の半分である3.417 GHzにおける発振が求められる。このような高周波帯において精緻な制御を実現するには、MHz帯にて安定に動作する水晶発振器から位相ロックループ(Phase Locked Loop: PLL)を用いて周波数逓倍を行う必要がある。しかし、この方式ではシステムが煩雑となり、原子時計システムのコスト、サイズ及び電力消費の低減が難しい。そこで我々は、代表的なMEMS共振子のひとつである圧電薄膜共振子(thin-Film Bulk Acoustic Resonator : FBAR*3)を利用し発振器を構築することを提案した[5]。FBARは基板上に堆積される薄膜の体積弾性波(Bulk Acoustic Wave : BAW)素子であり、高いQ値にてGHzの帯域における基本モード共振を得ることが可能である。また、原子時計に必要とされる3.417 GHzに発振周波数を合わせ込むことによって、PLLを利用した周波数逓倍を省略した極めてシンプルな原子時計システムの構築を可能にする。図2に具体例を示す。原子時計用マイクロ波発振器2.1 薄膜弾性波素子の利用FBARは、圧電薄膜を電極で挟んだ積層構造を持つ機械共振器である。圧電膜に厚み振動の基本モードを閉じ込めるため、積層体の直下にビアホール、または音響ブラッグ反射膜などの音響絶縁構造が必要となる[6][7]。この絶縁構造はMEMS技術を用いて基板上に集積化される。本研究では、圧電膜の応力を利用した自立型のエアドーム構造を採用することで、基板加工を必要としない片面プロセスでの製造を実現しコスト圧縮を図っている[8]。FBARは、水晶振動子と同様の体積弾性波(BAW)素子であるが、バルク水晶と違い薄膜で構成されるため、周波数帯の選択が容易であり高周波化にも有利である。また、平行平板電極を用いるため、表面弾性波(SAW)素子と異なり電極の微細化による電気抵抗の増大に悩まされることもなくGHz帯にて1000以上の高いQ値を実現する。2図1 (a) 原子時計システムの概念図 (b) アルカリ金属原子の超微細構造図2FBAR素子を活用したマイクロ波発振器の簡略化: (a) 従来方式 (b) 提案方式M分周器位相比較器制御信号ループフィルタ水晶発振器チューニング容量LC発振器VCO制御信号チューニング容量圧電薄膜の共振⼦を⽤いた⾼周波発振器(a)▲(b)▶87Rb85Rb133 Cs6.835 GHz2S1/22P1/22P3/23.036 GHz2S1/22P1/22P3/29.193 GHz2S1/22P1/22P3/2ガスセル(アルカリ⾦属原⼦)判別器マイクロ波発振器外部出⼒検出器電磁波プローブffエラー信号原⼦共鳴ff安定化(a)(b)220 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)6 時空標準技術の社会実装を⽬指して
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