4.2標準電波の利用状況短波帯標準電波は電離層の変動によるドップラー効果で周波数安定度が劣化するという問題があったが、長波帯標準電波では電離層による影響は小さく、安定した周波数が得られる。既に述べたとおり、送信周波数の精度はNICT本部と衛星を用いた方式により常に比較されており、周波数偏差はおおむね1×10-13以内、時刻はUTC(NICT)に対して100ns以内に維持されている。そして各送信所の電波はNICT本部で受信し監視を続けている。はがね山送信所から受信する電波は地表波と電離層反射波の干渉の影響を受けており[5]、おおたかどや山からの受信波に比べると大きな位相変化が見られる。しかし、いずれの送信所の電波も安定した時間帯で位相比較を行うと、1日平均で1×10-11程度の周波数精度を得ることが可能である。高い周波数精度を得られる長波標準電波であるが、高安定な較正済みの可搬型周波数標準器が普及するようになって、基準周波数としての利用者が減少しているのが実状である。周波数利用の向上のため、遠隔周波数校正へ標準電波を利用することについて研究開発を進めている。現在、開発した長波標準電波による遠隔周波数校正装置を、遠隔地であるサロベツ、金沢大、沖縄などに配置し評価実験を実施している[10][11]。一方、日本標準時の取得のための利用者は、電波時計の普及もあって非常に多い。大型商業施設、病院、駅、大学内の時刻管理にも利用されており、標準電波による時刻供給は、社会の重要な基礎インフラのひとつに成長した。「2020年のサマータイム導入の検討」が2018年に各種報道で取り上げられた際も、標準電波のサマータイム対応が話題になった。標準電波は現在国民全般から広く利用されており、今後も安定した運用と適切な情報発信に努める必要がある。東日本大震災からの復旧本解説の終わりに、2011年3月11日に発生した東日本大震災からの標準電波の復旧について概要報告する。本震発生(おおたかどや山送信所付近では震度6弱)直後の商用電源の停止により送信機はごく短時間停波したが、自家発電機の運転により送信所の機能全般に支障は無かった。その後商用電源が復旧し、余震の影響を含めた設備点検を行った後3月11日16時45分頃に通常送信が再開された。しかしその直後より電話がつながりにくい状態となり、翌12日の昼過ぎにはネットワークが不通になって、送信所は孤立状態となった。その後さらに、福島第一原子力発電所から20km圏内に退避指示が出されたため、約17kmにある送信所の監視員は、同日19時46分に電波送信を停止して送信所から退去した。それ以降、送信所の状況を確認できなくなった。翌月の4月3日にネットワークが復旧し、状況が断片的に分かった。商用電源により各機器はほぼ正常動作していた。しかし原器室の空調が停止しており、セシウム原子時計の温度は約50度まで上昇していたため、早急な対策が必要であった。送信所への立入りを各方面に打診して、国の対策本部のオフサイトセンターから自己責任を前提に許可が出たのは8日後の11日であった。NICTでは「標準電波緊急対策本部」を設置して、放射線防護の安全教育を含む準備を行い、4月21日に現地に立ち入った。送信所の運用業務を委託する民間業者も同行し、この日の作業の結果、暫定的な送信再開を果たした(図8左)。この限られた時間の作業で、今後の不具合で誤った時刻・周波数の提供を行わないように、遠隔操作で送信を強制停止できる機能を追加した。しかし送信再開して間もなく4月25日には落雷による機器損傷で送5図8 左:暫定的な送信再開作業 右:福島県川内村への感謝状贈呈(右側から、遠藤村長、NICT熊谷理事(当時))36 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)3 ⽇本標準時システム
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