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まえがき時間・周波数は国際単位系の基本単位の中で圧倒的に小さい不確かさで実現できることはよく知られている。1967年に1秒はセシウム133(133Cs)原子の超微細構造遷移の周波数を9 192 631 770 Hzとすることで定義され、この天文時から原子時への定義変更は原子時計の高精度化やコンパクト化等への動機付けとなり、その結果、時間の精度向上のみならず衛星測位技術という形でカーナビゲーションシステム等を実現して、我々の生活様式を変えるほどのインパクトをもたらした。現在運用されているセシウム周波数標準の中で最も小さい系統誤差の不確かさは1.7×10-16である[1]。他の物理量の標準を実現する際の不確かさは高々10桁であることを考えると時間・周波数標準(以下、周波数標準)の能力は突出している。このため、多くの時間以外の物理量は周波数標準を利用して実現されている。例えば2019年5月に、質量の定義がキログラム原器からプランク定数を定数とする形に変わったが、この再定義においても1984年に光速を定数とすることで長さの定義を改訂したのと同様に、やはり質量が周波数標準に依存して実現されることとなった。したがって計量標準の世界の根幹を形成しているのは1)光速を普遍的な物理定数とする相対論、2)プランク定数を普遍的な物理定数とする量子論、そして3)技術的に極めて小さい不確かさで標準量を実現できる周波数標準という見方すらできるかもしれない。このように他の物理量から見ると盤石に見える現在の秒の定義であるが、セシウムの超微細構造遷移によって定義された1967年以降、周波数標準の分野では更なる精度向上を目指す継続的な努力がなされてきた。セシウム周波数標準においては、原子状態の選別手法の改良(磁気選別型から光励起型へ)や、原子とマイクロ波の共鳴線の取得法の改良(熱ビーム型から原子泉型へ)などにより高精度化が図られ、異なる原子種の開拓(ルビジウム周波数標準)も2000年頃に進められた。そして、2000年以降は原子のマイクロ波遷移でなく光学遷移を利用した周波数標準の開発が急激に進歩しており、2010年頃には標準器として確度・安定度共にセシウム周波数標準を凌りょう駕がする周波数標準が出現した。このため、周波数標準の研究者の間では2015年頃より、秒の定義を光学域にある他の原子遷移に求める「秒の再定義」の議論が始まった。本稿では、これら秒の再定義への動向をまとめるとともに、秒の再定義の方法やそのための必要条件等を議論する。放射リストと秒の二次表現図1に周波数標準の系統的不確かさが低減されてきた推移を示す。セシウム周波数標準は2010年頃より12光周波数標準がマイクロ波周波数標準の性能を凌りょう駕がするようになり、国際単位系の1秒を再定義することが議論されている。本稿では、現在の光周波数標準が到達している性能について簡単にまとめるとともに再定義のための条件として時間周波数標準の研究者間で認識されている5つの条件について述べる。The fact that optical frequency standards have surpassed microwave standards has triggered a discussion toward the redefinition of the SI second. Here, we first summarize the current status of optical frequency standards and then present what are shared by the community of time and fre-quency standards as prerequisites to realize the redefinition.4 原⼦周波数標準4Frequency Standards Based on Quantum Transitions4-1 秒の再定義に向けた国際動向4-1International Trend toward the Redefinition of the Second井戸哲也 花土ゆう子 細川瑞彦Tetsuya IDO, Yuko HANADO, and Mizuhiko HOSOKAWA614 原⼦周波数標準

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