系統的不確かさが2×10-16程度でリミットされる一方、光周波数標準は1990年以来、10年で2桁というトレンドをほぼ保っていることが見て取れる。光周波数標準は2000年代初頭に原子時計動作を開始した。米NIST(National Institute of Standards and Technology)においては水銀イオン(Hg+)光周波数標準とカルシウム(Ca)光周波数標準が動作を開始し、光周波数コムの出現によって、これら波長が離れた2種の光周波数標準間の安定度を計測できるようになった[2]。光周波数コムが出現する前は、相対安定度を計測するためには光周波数差をビート周波数として検出可能な同一原子遷移を利用する光周波数標準を2つ用意する必要があった。また、セシウムマイクロ波標準との比較によって光周波数標準の絶対周波数を測定することも技術的に不可能であった。光周波数コムによって絵に描いた餅であった光周波数標準がSI単位系にトレーサブルとなり、周波数標準研究者のひとつの究極の目標「セシウムを超える性能を持つ光周波数標準の開発による秒の再定義」が、このときはるか彼方ながらもはっきり認識されたのであった。国際度量衡委員会長さ諮問委員会(CCL)は、前世紀より原子の共鳴線に安定化したレーザーの波長によって長さ標準とできる放射リスト(List of Radiation, LoR)を作ってきていた[3]が、2000年頃には水銀イオン(199Hg+)、イッテルビウムイオン(171Yb+(E2))、カルシウム(Ca)の光周波数標準において1×10-14程度の不確かさが実現し、相対的不確かさのセシウム原子泉標準に対する差が一桁程度に抑えられてきた。また、セシウム原子泉標準では衝突シフトが大きな不確かさ要因となっていたが、ルビジウム(87Rb)についてはセシウムよりも衝突シフトが小さいためより小さい系統的な不確かさが期待されていた。これを受けて時間周波数諮問委員会(CCTF)では2001年の会議において、このようなセシウム周波数標準を代用できる可能性がある原子周波数標準のリスト(秒の二次表現)を今後作っていく方針をrecommendationとして採択した。この後、2003年にはCCLとCCTFは二次表現を採択する合同作業部会を立ち上げ、ここで二次表現として採択する基準を「その不確かさがセシウム周波数標準の不確かさの10倍以内に収まっていること」とした。明くる年2004年にはCCTF会議にて87Rbのマイクロ波遷移が秒の二次表現として採択され、次のCCTF会議(2006年)では199Hg+、171Yb+(E2)、ストロンチウムイオン(88Sr+)、ストロンチウム(87Sr)という光学遷移が秒の二次表現として採択された。表1に上述の秒の二次表現を含み、現在CCLとCCTFが合同で示している周波数・長さの標準として使用することができる原子遷移のリストを示す。uLORは当該遷移の絶対周波数の不確かさを示し、usysはその遷移の周波数標準を実現する際の系統的不確かさとして報告のあった最も小さい値である。usysが最も不確かさの小さいセシウム周波数標準の値より小さくなると、uLORはおおむねセシウム周波数標準でリミットされる値となり、現在の二次表現はほとんどがこの限界値となっている。これは国際単位系の1秒よりもより小さい不確かさで実現できる周波数標準が林立している現状を示しており、単位系として決して望ましくない状態である。NICTは、単一カルシウムイオン(Ca+)トラップによる周波数標準を立ち上げ、2009年にはCa+の原子遷移周波数リスト登録に貢献し[4]、2012年には更に小さい2.9×10-15の不確かさ[5]をCCTFに報告している。また秒の二次表現であるSr光格子時計については、2006年の東大、米JILA、仏SYRTE(Système de Références Temps-Espace)に続き、2012年に独PTB(Physikalisch-Technische Bundesanstalt)と共に4番目となる周波数の報告を行い[6]、以降2015[7]、2017[8]年と3回のCCTF全てにおいて周波数及び不確かさの更新に貢献してきた。それらで用いる87Srについては、2012年より秒の二次表現として最も小さい不確かさとなっており(4×10-16@CCTF2017)、これまで7機関から16の絶対周波数の報告があった。現在CCTF作業部会において推奨周波数を決定する際には、セシウム周波数標準との比較によって得られる絶対周波数測定のみでなく、異なる光周波数標準間の周波数比の報告値も考慮して、最小二乗法[9]やグラフ理論[10]によって周波数標準間の周波数比の最さい尤ゆう値ちを決定し、そのうえで定義に基づいてセシウムの周波数を9 192 631 770 Hzとすることで他の標準周図1周波数標準の系統誤差の不確かさの変遷。2010年頃にセシウム周波数標準の不確かさ減少が止まると同時に光周波数標準がより小さい系統誤差の不確かさを示すようになり、秒の再定義を促している。1950196019701980199020002010202010-1710-1510-1310-1110-9系統誤差の不確かさ年代最初の原子時計Csによる秒の定義■ Cs周波数標準○● 光周波数標準Hg+, Yb+, Ca62 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準
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