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2については、可搬周波数標準の開発が進んでいるがまだ18乗台に到達していない。遠距離周波数比較ではファイバリンクが可能であれば18桁の比較は既に可能な状態である。しかし大陸間での比較をファイバリンクで行うことは現状不可能であり、衛星リンク等の改善が望まれている。周波数比のクロージャー測定については、最も簡単な2種の周波数比の一致を検証する、という点では87Srと171Ybの光格子時計間の比率測定が、RIKEN(同一ラボ内)[16]、PTB-INRIM(可搬Sr)[17]、NICT-KRISS(衛星双方向比較)[18]、JILA-NIST(光ファイバリンク)等で行われており、これらの測定された比率が一致することが求められる。このクロージャー測定については、より望ましいのは3種類以上の遷移を利用して、(A/B)X(B/C)X(C/A)が1になることを確認することである。現状では欧州のファイバリンク、米国コロラド州ボルダーにおけるファイバリンク、東京首都圏のファイバリンクによって3種類の光周波数標準がリンクされて実現することが想定される。ここでは18乗台が一定のマイルストーンとして意識されているが、これは現在のジオイド高の不確かさが数cm程度となっているためである。仮に系統誤差要因を積み上げた値が19桁の周波数標準が実現したとしても、遠隔地にある周波数標準を比較する際はその比較の不確かさはジオイド高の不確かさで制限されてしまい、19桁の周波数同一性を確認することは出来ない。18桁は腰だめの数字でなくこのような事情から設定された。3は現行のセシウムに基づく絶対周波数を正確に計測することで、新しい定義値を決定しこれにより再定義以前と以降で1秒の長さを一致させるためである。おおむね満たされているように見えるが「3つ以上の独立したセシウム周波数標準でなされ」という点において、現在安定に動作しているセシウム原子泉標準がPTB及びSYRTEの2機関にしか所在しないことから、もう1機関のセシウム原子泉標準が安定に動作することが強く期待されている。4は秒の再定義をする以上、国際原子時の校正は新しい定義である光周波数標準によってなされるべきである。本研究報告における4–4N. Nemitzの稿においては、87Sr光格子時計による国際原子時の歩度校正を報告しており、これは秒の再定義へ向けたこの必要条件を強く意識したものである。5は、複数種の光周波数標準間の周波数の関係がつじつまの合ったものであることを要請している。これが満たされることによって、仮に特定の遷移を一次標準と再定義したとしても、二次表現となる他の二次標準も不確かさの増大を伴うことなく使用できる。これによって、今まで各研究機関がそれぞれの原子系で開発してきた周波数標準を引き続き使用していけることとなる。まとめ過去の例を見ると、計量標準の再定義が決議される国際度量衡総会CGPMはおおよそ4年に1度程度の頻度で開催され、直近では2018年に開催されており、このことから時間周波数標準のコミュニティでは最速で2026年の秒の再定義の可能性を検討している。従来、秒の再定義については国際度量衡委員会CIPMの諮問委員会の中ではCCTFのみで議論されていたが、2019年にはCCU(単位諮問委員会)でも議論が開始され、ますます現実的なものとなりつつある。上述した必要条件は決して簡単なものではないが、再定義は新しい定義によってどの程度の利益を我々が得られるか、にも依存する。近年の光周波数標準とその周波数リンク技術の発展は、光周波数標準を測地センサとして利用する可能性を示唆している[17][19][20]。このような応用技術の発展が(性能面でなく)利用者からの強い要請となり、再定義への動きが加速する可能性がある。また、今後多数の光周波数標準によって協定世界時(UTC)の歩度の継続的な評価がなされた場合、光周波数標準の方が安定に評価できることが示される可能性がある。これまでは光周波数標準がセシウム周波数標準よりも優れているといえども、その恩恵は一部の計量関係の科学者に限られていた。しかし、日々の生活で使用する時刻のトレーサビリティの頂点にあるUTCに光周波数標準の精度が貢献するようになると、測地利用等の応用技術と共に時系維持の用途が動機となり光周波数標準の商用化やコンパクト化の動きが加速され、その結果更に光周波数標準を利用する時系が有利になってくる可能性がある。そのような場合、上述の再定義の条件が完全に満たされない状況でも秒の再定義を行う、若しくは光周波数標準のCIPM推奨値の不確かさ(uLOR)が個々のセシウム原子泉標準の系統的な不確かさを下回ることで実質的に光周波数標準を中心にしてUTCが維持されることもあるかもしれない。二桁正確さが向上した新たな秒の定義とその実現が、基礎科学はもちろん、情報通信技術や測地技術などに更なる非連続的な発展の道を開き、それがまた時間周波数標準の向上の原動力となる。近未来での実現が期待される秒の定義改定が、そのような循環の契機となることを期待したい。464   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準

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