はじめに1.1原子泉型一次周波数標準器一次周波数標準器は、国際単位系(SI)のひとつである「秒」の長さを正確に評価できる装置である。1967年国際度量衡総会において、「秒」の定義は「秒は133セシウム(Cs)原子の基底状態の2つの超微細構造準位の間の遷移に対応する放射の周期の9 192 631 770倍である」と決まった[1][2]。これは言い換えると、Cs原子の超微細構造準位間のエネルギー間隔は9 192 631 770Hzにプランク定数hを乗じたものであり、Cs原子に9 192 631 770Hzの電磁波を当てた時にCs原子の内部状態変化が一番大きくなる、ということである。これは定義値であるため、もしCs原子が一番反応する電磁波の周波数が9 192 631 770Hzからずれていたならば、それはCs原子が持つ固有周波数(共鳴周波数)がずれているのではなく、この電磁波の周波数値を決めている基準信号がずれている、ということになる。例えば、基準信号に国際原子時[3]や日本標準時[4]を使用すれば、Cs原子の反応を見ることで、基準信号の値が秒の定義に従った値かどうかを確認することができる。しかし、現実の世界でCs原子の共鳴周波数を測定した場合、様々な外乱によってその値はCs原子の本来の固有周波数からずれている。実際、Cs原子の共鳴周波数は、電場、磁場、温度、衝突、重力などに大きく影響を受けるのだが、その外乱により生じる値のずれ(周波数シフト)を様々な評価法によって算出し、その値を差し引きすることにより、秒の定義値を正確に実現できるものが一次周波数標準器(Primary Frequency Standard)である。2019年現在、一次周波数標準器と呼べるものは、Cs原子の量子遷移を基準にし、考えられる全ての周波数シフト量を評価した周波数標準器だけである。高精度の一次周波数標準器を実現するには、なるべく周波数線幅の狭い共鳴信号を観測する必要がある。そこで考え出された手法がラムゼー共鳴である[5]。この共鳴は、原子と電磁波の相互作用を、時間間隔を空けて2回行った場合においても、原子と電磁波を長時間相互作用させ続けた時に得られる線幅と同じ線幅の信号を得られるというもので、1回目と2回目の相互作用の時間間隔(ドリフト時間)が長ければ長いほど線幅の狭い信号が観測できる。このラムゼー共鳴を利用した一次周波数標準器として、まず磁気選別型、次に光励起型が開発された。この2つのタイプは、熱原子ビーム型とも呼ばれ、原子とマイクロ波が相互作用するマイクロ波共振器を空間的に離して設置し、加熱により原子をビーム状に水平方向に飛ばすことで長いドリフト時間を確保していた。それに対し、原子泉型は冷却原子型と呼ばれ、レーザー冷却やレーザー光による原子操作の技術の進歩と共に発展を遂げたタイ1情報通信研究機構では、国際原子時や日本標準時の校正を目的にセシウム原子を用いた原子泉型一次周波数標準器の開発を行っている。冷凍機型冷却サファイア共振器の超高安定信号を参照信号とし、周波数安定度を向上させた。また、周波数シフトの評価方法を見直しと改良を行い、不確かさの低減につなげた。本稿では、1号機CsF1と2号機CsF2の性能及び前特集号からの変更点を中心に紹介する。NICT has developed Caesium atomic fountain primary frequency standard NICT-CsF1 & NICT-CsF2 to calibrate International Atomic Time (TAI) and Japan Standard Time (JST). A cryocooler-type cryogenic sapphire oscillator is used as a local oscillator, resulting in improvement of the frequency stability. And new evaluations for some frequency shifts are performed to reduce their uncertainties.4-2 原子泉型一次周波数標準器 NICT-CsF1 & NICT-CsF24-2Caesium Atomic Fountain Primary Frequency Standard NICT-CsF1 & NICT-CsF2熊谷基弘 伊東宏之 矢野雄一郎 梶田雅稔 相田政則 花土ゆう子 細川瑞彦 井戸哲也Motohiro KUMAGAI, Hiroyuki ITO, Yuichiro YANO, Masatoshi KAJITA, Masanori AIDA, Yuko HANADO, Mizuhiko HOSOKAWA, and Tetsuya IDO674 原⼦周波数標準
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