プである。レーザー冷却により集められた原子を、レーザー光の輻射圧で鉛直上方向に打ち上げ、上方に設置された共振器内のマイクロ波と上昇時と下降時の2回相互採用させることで、熱ビーム型よりも100倍長いドリフト時間を実現している。原子が真上に打ち上げられ、その後重力により自由落下する様子が「泉」に似ているため、日本語では「原子泉」、英語では「Atomic Fountain」と呼ばれている。今後新たなタイプが現れる可能性はあるが、現時点で一番高精度な一次周波数標準器は原子泉型である。1.2開発の経緯情報通信研究機構(NICT)では、国際原子時への貢献、日本標準時の高精度化を目的にセシウム(Cs)一次周波数標準器の開発を行っており、磁気選別型RRL-Cs1[6]、光励起型NICT-O1(旧CRL-O1)[7]に続く一次周波数標準器として原子泉型の開発を行ってきた。1号機は「NICTのCs原子Fountainの1号機」ということでNICT-CsF1[8]と名付けられ、2007年には一次周波数標準器として国際承認を受け、その後協定世界時や国際原子時の高度化に貢献した。詳しくは2010年度発行の情報通信研究機構季報(現:情報通信研究機構研究報告)「時空標準特集」[9]を参照いただきたい。一次周波数標準器の計測運用は、15~20日間程度の期間を区切って行う。それは、その評価期間前後に周波数シフト量を再評価しなくてはならないことに加え、様々な要因により一次周波数標準器の長期連続運転が容易ではないことに起因している。そのため、連続的に信号を出し続ける「時計」というよりは、定期的に運用して国際原子時などの周波数値を評価する「校正装置」という意味合いが強い。しかし、一次周波数標準器としての運用時間が長くなり、とぎれることなく周波数校正が可能となれば、校正される時系の確度は短期的にも長期的にも向上する。NICTでは、一次周波数標準器の連続動作時間をできるだけ長くする取組として、レーザー光学系のシステム改良や冷凍機型冷却サファイア共振器の導入などを実施した。また、代替機としての役割や1号機との相互比較による周波数シフト量の不確かさ低減などを目的に2号機(NICT-CsF2)の開発を行った。本特集号では、NICT-CsF2や冷凍機型冷却サファイア共振器など前回の特集号で紹介していない項目に加え、新たに導入した周波数評価方法や周波数シフト要因などについて報告する。原子泉型一次周波数標準器の全体システム2.1CsF1とCsF2の内部構造1号機CsF1の構造は[9]で紹介したとおりであり、その後大きな変更はない。レーザー冷却によって直交する6本のレーザー光が交差する場所にCs原子を集め、レーザー光の力で真上に打ち上げる。上方向に打ち上げられたCs原子集団は、ラムゼー共振器内で、上昇時と自由落下による下降時の2回、マイクロ波と相互作用をし、ラムゼー共鳴を引き起こす。検出部では、落下してきた原子が発する蛍光強度の大きさからラムゼー共鳴の遷移確率を求め、ラムゼー共鳴が一番強く起こるマイクロ波の周波数を測定している。このように、原子泉型周波数標準器は、原子を集めるトラップ部と、原子とマイクロ波が相互作用する量子部に、信号を観測する検出部が挟まれる形となっている。2号機CsF2の全体構成もCsF1と同じであるが、トラップ部の構造が大きく異なっている。CsF1では、反ヘルムホルツコイルからなる四重極磁場に上下方向2本のレーザー光と水平方向4本のレーザー光をカップルする磁気光学トラップ(magneto-optical trap: MOT)でCs原子を捕獲し、上下方向(Z方向)の光の周波数の離調により原子に上向きの初速度を与える(X,Y,Z: 0,0,1)式の打ち上げを採用しているのに対し、CsF2では、MOTを使わずにレーザー光の力だけでCs原子を集めている。磁場勾配を使わないためCs原子の束縛力が小さいが、打ち上げ方向(Z方向)の軸に対して、54.74度傾いた軸に6本のレーザー光を照射できる構造にし、ビーム径の大きいレーザー光(CsF2の場合はφ=25mm)を照射することで多くの原子を集めることが可能となる。打ち上げに関しては、XYZ方向6本のレーザー光の周波数離調により原子に初速度を与える(X,Y,Z: 1,1,1)式を用いることができ、CsF1よりも小さな周波数離調で所望の初速度が与えられている。CsF2でMOTを使用しない理由は、冷却原子間で起こる衝突による周波数シフトを小さくするためである。MOTでは磁場勾配により非常に小さな空間(直径数mm)に原子が集められ、原子集団は高密度の状態になっている。それに対し、レーザー光の力でのみ原子を集める場合は、磁場強度の場所依存性がないため、レーザー光が重なった部分(直径1cm弱)に原子が緩やかな束縛条件で集められており、結果として衝突によるシフトが小さくなる。また、比較的直径が大きな原子集団がラムゼー共振器を通過するため、共振器内のマイクロ波の位相分布の位置依存性に対しても影響を小さくするメリットがある。CsF1とCsF2では原子を集めるプロセスのコンセプトが異なるためトラップ部の構造が大きく異なるが、268 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準
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