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減らせば衝突シフト自身は小さくなるが、周波数安定度も劣化してしまう。原子数の多い少ないにかかわらず、原子数を正確にコントロールすることができれば、高い周波数安定度を維持したまま、衝突シフトの不確かさを下げることができる。そこで、より正確に原子数を制御できる方法として高速断熱通過法(Rapid Adiabatic Passage)を採用した。高速断熱通過法とは、原子の重ね合わせ状態を断熱的に変化させる方法である[13][14]。具体的には、選択用共振器にフィードする9.193GHzのマイクロ波信号の強度のみならず周波数も同時に変化させる。図8にあるように、マイクロ波の周波数は原子との共鳴周波数から大きく外れた状態(Off-resonance)の状態から、完全に共鳴の状態(On-resonance)の状態を経て、±符号が反対の非共鳴状態(Off-resonance)へ変化させる。共鳴の周波数線幅よりも十分離れていればOff-resonanceと取り扱うことができる。ここでの共鳴線幅は選択用共振器の通過時間の逆数で決まる約50Hzであるため、今回の場合は、共鳴線幅から100倍離れた周波数である(9 192 631 770Hz-5kHz)から、On-resonance(9 192 631 770Hz)を経た後、(9 192 631 770Hz+5kHz)へと周波数を変化させる。原理的にはこの周波数離調変化だけで原子の状態をコントロールができるが、共鳴は有限の周波数線幅を持つため、周波数の変化に合わせマイクロ波信号の強度も変化させる必要がある。図8にあるように、Off-reso-nanceの時にはマイクロ波信号の強度は低く、On-resonanceの時には最大、またOff-resonanceの時は最小、と変化させる。変化のプロファイルはBlack-manパルス型を採用している。打ち上げられた原子が選択用共振器を通過する時間は約5ミリ秒であるため、この時間内に、断熱要件を維持しつつ、上記したように周波数と強度を変化させる。図8の左図のように、周波数変化をOff-resonance~On-resonance~Off-resonanceとした場合は、F=3状態にいる原子は全てF=4状態へ、F=4状態にいる原子は全てF=3状態へ、遷移する。原子泉型一次周波数標準器の場合は、レーザー冷却により打ち上げられるCs原子はF=4状態に揃えられているため、F=4, mF=0状態にいる原子の全てがF=3, mF=0状態へ励起される(Full励起)。それに対し、図8の右図のようにOff-resonance~On-resonanceと変え、途中から周波数をOn-reso-nanceで維持する場合は、F=4状態とF=3状態が等しく混ざり合っている状態になり、結果として、F=4, mF=0状態にいる原子の半分がF=3, mF=0状態へ励起される(Half励起)。高速断熱通過法を使うと、Full励起とHalf励起の原子数比は2:1の関係になるため、(Full励起の原子数で測定した時の中心周波数)-(Half励起の原子数で測定した時の中心周波数)が、Half励起の原子数で測定した際の衝突周波数シフト量(Full励起時の衝突シフト量はその倍)となる。図9に高速断熱通過法を可能としたマイクロ波発振器の構成図を示す。Cs原子の共鳴周波数は9.193GHzであるが、9.193GHzのマイクロ波信号が直接出せて周波数と強度を同時に高速変化することができる発振器は市販品ではない。そこで、図9にあるように、9.2GHz発振器と7MHzデジタルシンセサイザーをミキシングして9.193GHzを生成する構成にし、7MHzの周波数と強度をFPGAで同時に制御することで、9.193GHzの周波数と強度を高速変化させている。On-resonanceの時のマイクロ波信号のピーク強度を変えながらF=3に励起した原子数を測定した結果を図10に示す。横軸は、周波数を掃引しないで励起する時のマイクロ波信号の最適パワーを基準にした相対パワーである。マイクロ波のピーク強度が30dB以上になると、Full励起とHalf励起の比がちょうど2:1になることが分かる。またその比率の安定性を示したのが図10の一番右のグラフであり、比率の長期揺図8 高速断熱通過法の際のマイクロ波信号の周波数と強度変化fullhalf図9 高速断熱通過法を可能とするマイクロ波発振器の構成図74   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準

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