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をワーストケーストしてDCPシフトの不確かさを0.3×10-15としていた。上記の評価方法は、装置が理想的に製造され、理想的な条件の下で運用した時の値であるため、最近は実験的にこのシフト量を評価する必要が出てきている。LiらはDCPシフト評価に関して新しいアプローチを提案し[17]、各国の原子泉型一次周波数標準器もそのアプローチに合わせ評価方法の見直しを行っている[18][19]。具体的には、原子泉型標準器自体を少し傾け原子集団は通過する場所を変えたり、ラムゼー共鳴を引き起こすマイクロ波の強度を強くしたりして中心周波数測定を行い、理論計算と組み合わせDCPによる影響を評価している。NICTにおいても新しいアプローチに基づいた評価を実施しているが、その評価は十分ではない。CsF1、CsF2の2台体制のメリットを生かし、このシフト量の評価を完了する予定である。4.4 マイクロ波レンズ効果による周波数シフト 3で述べたように、原子泉型周波数標準器では、ラムゼー共振器にフィードするマイクロ波の周波数をラムゼー信号の中心周波数と思われる周波数に対して、ラムゼー信号の半値半幅分だけ低い周波数(-)、高い周波数()と変え、その2つ周波数で得られるラムゼー信号の遷移確率が等しくなる周波数を、ラムゼー信号の中心周波数値としている。この遷移確率は、ラムゼー共振器を通過し、検出部に到達するF=4状態とF=3状態のそれぞれの原子集団が発する蛍光強度を規格化することで求めているわけであるが、この手法において、打ち上げられた原子集団は、F=4状態の原子もF=3状態の原子も同じ軌道を通ることが前提とされている。しかし厳密に言えば、ラムゼー共振器内に生成されるマイクロ波の定在波によって、F=4状態の原子とF=3状態の原子では異なる大きさの双極子力が加えられ、それぞれの状態の原子の通過軌道に少しずれが生じてしまう。これがマイクロ波レンズ効果である[18]。ラムゼー共振器に加えるマイクロ波の周波数が、Cs原子の遷移周波数よりも低い時、つまり、f0に周波数を合わせた時、F=3状態の原子には収束力が働きF=4状態の原子には発散が働く。これにより、F=3状態の原子の方が、より多く検出部に到達することになる。逆に、マイクロ波の周波数がCs原子の遷移周波数よりも高い時(f0)、F=3状態の原子には発散力、F=4状態の原子には収束力が働き、F=4状態の原子の方がより多く検出部に到達する。このように、検出部に到達する原子数のずれがラムゼー共振器に加える周波数によって生じるため、実質的には求められる中心周波数にも僅かに周波数シフトが生じてしまう。このマイクロ波レンズ効果による周波数シフト量は以下の式で表される。ℏ (4)kはマイクロ波の波数、mCsはCs原子の質量、w0,1,2,t1,2は原子雲の半径と打ち上げからラムゼー共振器までの到達時間(下添え字0は打ち上げ時、1は1回目の相互作用時、2は2回目の相互作用時)、bはラビ周波数、aはラムゼー共振器の通過穴の直径、uは原子集団の水平方向の速度。CsF1、CsF2共に1×10-16以下のシフト量であることを確認している。このマイクロ波レンズ効果は、前回の特集号の際には考慮されていなかったものであるが、その後検討が必要であることが判明した周波数シフトである。まとめ情報通信研究機構ではCs原子を用いた原子泉型一次周波数標準器の開発を行っている。NICT-CsF1、CsF2の2台体制で開発・運用を行っており、冷却サファイア共振器を導入により周波数安定度を向上させ、周波数シフト評価法の見直し・改良を行い周波数不確かさの低減につなげた。現時点での周波数シフト量とその不確かさをまとめたものを表1に示す。もうこれ以上周波数不確かさを下げるのが不可能と思われる周波数シフトもあるが、評価方法に改良の余地があり、周波数不確かさを保守的に見積もっているシフト要因もある。今後、より正確な評価を行い、周波数不確かさの低減を図っていく予定である。原子泉型一次周波数標準器の開発はかなり成熟した段階に来ており、周波数シフトの評価方法は確立され5表1 CsF1とCsF2の周波数シフトとその不確かさ76   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準

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