秒の再定義前後で、秒の長さ(歩度)が不連続であっては不便である。この連続性を維持するために、新しい定義の候補を現行の定義を基準に測定することは重要である。実際に、暦表秒からCsのマイクロ波遷移に秒が再定義された際には、3年程度かけて暦表秒を基準にCsのマイクロ波遷移を評価した。定義の秒(SI秒)を基準にした周波数を絶対周波数と呼んでいる。各研究機関では光周波数標準を開発すると、その性能評価のひとつとして、絶対周波数を報告している。本稿では、国際原子時TAI(International Atomic Time)を利用したNICT-Sr1の絶対周波数測定について紹介する。また、我々は究極の周波数標準の実現を目指してNICT-Sr1の精度を追求する一方で、これを実用的な周波数標準として機能させ始めている。NICT-Sr1は2018年11月にCCTFの国際作業部会から二次周波数標準に認定され、現在では実際にTAIの校正に貢献し始めている。本稿では、二次周波数標準の国際認定取得についても報告する。NICT-Sr1光周波数標準の構成を図1に示す。局部発振器として、光共振器に周波数安定化したレーザー(以下、「時計レーザー」とする)を利用する(文献[14]にNICTで開発した単一40Ca+光時計用時計レーザーについての記述がある)。光共振器筐体の材質には、温度によって共振器長が変わらないように熱膨張係数の小さいものが選ばれる。近年ではULE (Ultra Low Expansion)ガラスが広く使われている。また、ミラー基板の材質の選定も同様に大切である。このように元々温度変化の影響が小さい共振器を、温度調節機能を備えた真空槽に入れて、環境温度を一定に保ち、熱による共振器長の変化を抑制している。この他、振動によって共振器が変形し、共振器長が変化することを抑制するために、筐体の形状や保持の仕方も工夫している。このようにして周波数安定化した時計レーザーをプローブ光にして、イオントラップや光格子の手法によって捕獲した原子を分光する。レーザーの周波数が原子の共鳴周波数に同調すると、原子はレーザーをよく吸収する。この吸収強度の周波数依存を利用して、時計レーザーの周波数を原子の特定の光学遷移に安定化することで、安定度と確度が共に高い周波数を得ている。光周波数標準のことを慣習的に光時計と呼ぶことも多いが、上記のように“光時計”よりも“光周波数標準”の表現の方が的を射ている。単一イオン光時計と光格子時計の違いは、分光サンプルの原子の捕獲方法の違いである。どちらの方式でも、さらにどの原子遷移を採用するかという違いがある。次に光格子時計の原理を紹介する。詳細は文献[15]に譲り、ここでは大まかな手順を紹介する。我々は光格子時計の原子光学遷移にストロンチウム87(87Sr)の1S0 – 3P0遷移を採用した。実験の手順は以下のとおりである。2光共振器レーザー原子(Sr, Ca+, In+, etc..)①局部発振器(時計レーザー)②周波数リファレンス(精密原子分光)③光周波数計測(光周波数コムを利用した計測)原子の吸収強度信号を利用してレーザー周波数にフィードバック光周波数コムoscoscatom光からマイクロ波への下方変換周波数カウンタによる計測原子のスペクトル図1 光周波数標準の構成光共振器に周波数安定化したレーザー(周波数 )を原子に照射し、吸収強度の周波数依存を利用して、 を原子の共鳴周波数( )に調整することで、原子に周波数安定化した光周波数標準を生成している。この標準周波数を光周波数コムで下方変換し、周波数カウンタなどで周波数を計測する。80 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準
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