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素を観察するための全反射蛍光顕微鏡法と呼ばれるものである。全反射蛍光顕微鏡法は、ガラスと水の屈折率の違いにより、その境界でレーザー光を全反射させ、その際に僅かに滲しみだした光を使ってガラスの近傍(数百ナノメートル)にある蛍光色素のみを励起することで極めて低いバックグラウンドを実現する顕微法である。私たちの場合、複数のモーターが複数のDNAレール上を行き交う様子を観察するため、500~800ナノメートルの範囲の4つの異なる波長の蛍光物質を同時に観察する必要がある。そのため、4台の異なる波長を持つレーザー光源を用い、中心に穴の開いたミラーによって、暗視野照明と呼ばれる方法でサンプル面を照らし、その結果得られた蛍光像をミラーの穴を通して超高感度CCDカメラに投影する、という特殊な方法で観察を行った(図3、[14])。上記のような直交性のある複数の輸送素子を使った系が実現できたので、レール上で微小物質の濃縮や分別などの仕事をするマイクロメートルサイズの装置の開発が可能になった。私たちは現在、異なる波長をもつ蛍光分子を付加したDNAナノ構造体を濃縮・分別する実験系を構築し、その動作過程を顕微鏡下で観察しているところである。今後の展望DNA上を動くリニア型の分子モーターの開発に成功し、その運動速度は細胞内で働いている生物分子モーターのいくつかと同程度であったことから、これらのモーターが微小分子の輸送に現実的に使用可能なレベルの速度を持つことが示された。今後は、原理の証明にとどまらず、分子の選別・濃縮を行う実験系を用いて論理回路を構成したり複雑な計算を行ったりするような実験系を実装する。更にその先の展望として、生物分子モーターの「エンジン」の内部構造に関し、基本的な設計方法を理解するための実験を進めることを考えている。現状ではATPを加水分解して運動を起こす機構に関して、どのような指針で設計されているのかは全く明らかではない。ここでも、最小限の要素で新たな生物分子モーターの「偽物」を系統的に創るような構成的手法が効果的である。そこで、これまでのように天然の分子モーターを使わず、もっと単機能でシンプルな酵素、例えばATPやその他の基質を代謝するような良く知られた天然のドメインを部品として用い、DNAレールと結合するドメインと組み合わせて最小限の構成で分子モーターを創る実験を進める。今後、ここから得られた知見を用いて、生物が用いている超高性能な分子機械を自由に再設計し、生物が持っている情報処理システムに似た入力と出力を持つ装置を人工的な分子機械による分子ネットワークとして構成する。このような新しい生物学によって、これまで理解できていなかった分子による情報処理・計算の方法が明らかになれば、エネルギー消費を極めて小さく抑えつつ、高度な情報処理を担う全く新しい装置が日常生活に登場することが期待される。謝辞本研究は、生体物性プロジェクトのメンバー、大岩和弘主管研究員、度々試作にご協力いただいた未来ICT研究所工作室、未来ICT研究所企画室・神戸管理グループのスタッフの方々など、多くの支援によってはじめて成り立ったものである。また、本研究はJSPS科研費 JP 18H05420、JP 18H02417、JP 18J40041の助成を受けたものであり、ここに謝意を表す。3対物レンズ穴あきミラー結像レンズ照射レンズビームエキスパンダビームコンバイナーミラー視野絞りQuadView2ノッチフィルタEMCCDカメラレーザー光源サンプル面図3 穴あきミラー式全反射蛍光顕微鏡法72-1 タンパク質でできた分子モーターを創つくる・観みる・使う

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