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ルまであらゆるスケール、つまり生命の構造階層を超えて普遍的に生じる自己駆動粒子による集団的行動には普遍的な原理があるはずだ。これらの問題に取り組む一つの方法は、集団運動の最小限のモデルを構築して調査することである。集団運動の普遍的な特性が存在する場合、その特性はモデル内で明確に表示され、より精巧なモデルでテストされる前に効率的に決定できるからである。この考え方が集団運動に関する最近の研究の流れを作り出している。Vicsekのグループは、集団運動を示す、恐らく最もシンプルなモデルを提案した[5]。群れの行動を説明するこのモデルでは、群れを構成する個体に対していくつかの単純な規則が与えられ、自己駆動粒子の振る舞いの本質をとらえることに成功している。しかし個体の持つパラメータを実験的に確認することが難しいために、このモデルの実証を可能にする観察系や実験系が必要である。生体運動の研究のために、精製したタンパク質分子を光学顕微鏡下で機能を再構築する実験系、in vitro再構築系が約30年前に開発されて以来、生命科学研究に積極的に用いられてきた[6]。この実験系が自己駆動粒子の集団運動の解析に有効な手段を与えてくれることが分かったのは、この10年である。自己駆動粒子やアクティブ・マターの実験系として用いられるようになったin vitro実験系は、十分に特徴付けられた生体分子を要素として構成される。これゆえに実験結果を微視的に定式化された理論モデルと比較することを可能にする。ここで生命が織りなすミクロの世界に目を向けてみよう。そこでは、生き物を構成する細胞がダイナミックにその形を変えて、様々な生命活動を行っている[7]。この細胞のダイナミックな構造変化は、細胞の骨組みである「細胞骨格」と呼ばれるタンパク質フィラメントと、それに結合するタンパク質群によって行われる。細胞骨格は、重合と脱重合を繰り返すことによるダイナミックな変形に加えて、フィラメントに結合するタンパク質の働きによっても変化する。例えば、細胞分裂時には染色体を娘細胞に分ける働きを持つ紡錘体が微小管のネットワークから創出する。また、細胞をくびりきるには細胞膜直下のアクチンフィラメントの集合と収縮が必須である。これらは、タンパク質モータ(ミオシン、キネシン、ダイニン)と呼ばれるATPaseがタンパク質フィラメントと共に働き、力を発生する結果生じる現象である[8]。このような細胞内の動的現象の解明に向けて、精製された有限種類の構成要素を試験管内で組み合わせることで複雑な細胞内構造や細胞機能を再構築する実験系の開発が進んできた[6]。自己駆動粒子の研究でも利用されたin vitro再構成系の拡張である。これまでの生化学研究で仮定されてきた理想的条件(希薄溶液極限に基づく結合の簡単な描像)や反応環境の一様性の仮定を緩めることによって、より実態に近い形で細胞機能を再現するのである。要素の混み合いや構造による束縛、力学要素を取り込んだ高次の再構築である。この試験管内で細胞機能を再構築するin vitro再構成系は、タンパク質の機能解析の有用なツールとなっているのである[6]–[9]。ナノ・マイクロメートルのタンパク質相互作用が創り出すパターン形成2.1タンパク質フィラメントのネマティック相互作用が創り出すミクロの巨大渦真核生物の繊毛や鞭べん毛もうの運動を引き起こすタンパク質モータ、ダイニンとこの運動軌道となる微小管を使って、ダイニンを吸着させたガラス表面を微小管が滑走運動する実験系を作成した(図2)。ダイニンに駆動されるほぼすべての微小管が同じ速度でダイニン表面を滑走する。時に、滑走する微小管が前を横切る微小管と衝突することがある。この際、衝突角に応じて、衝突された微小管の運動方向と同じ方向、あるいは逆の方向に衝突した微小管が運動方向を変える。ネマティック相互作用が確認されたのである(図2B)。このシステムの微小管密度を上げることで、微小管集団の運動を蛍光顕微鏡で観察することに成功した(図4)。高密度で運動する微小管は、微小管同士の相互作用2図1ムクドリの群れ飛ぶ様子。右端は粒子の軌跡を示す。集団がダイナミックにその形を変えて高速度で移動していく。複数の集団が衝突することなく交差する姿は圧巻である。JR姫路駅南口で撮影した映像をモノクロ加工して、鳥個体の動きを分かりやすくしたもの。10   情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.1 (2020)2 バイオ材料の知に学ぶ

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