そこで、個々の微小管の運動及び衝突時点での微小管の挙動の詳細な記述や、孤立した微小管の運動軌跡から曲率の距離相関を求めるなどの解析を行った(図3)[10]。これらの要素過程の解析によって、渦形成現象の背景にある物理的要素を簡潔な数理モデルにすることが可能になる。共同研究者である住野豊氏(東京理科大学)、永井健氏(北陸先端大学)、とHugues Chaté氏(CEA-Saclay)が構築した数理モデルは、Vicsekモデル[5]を拡張し、短時間の記憶(運動方向の偏り)を持つ能動的な粒子が多数存在する系である。このモデルにおいて、粒子iの位置xiと方向θiの自由運動は、粒子の瞬間角速度dθi/ dtに作用する相関時間τにバイアスされたOrnstein–Uhlenbeck過程ωi(t)として与えている。ここでξ(t)はガウスノイズである。ω0は平均曲率κ0と平均速度v0の積で与える。また、粒子iから一定範囲の中に他粒子jが存在する場合に、粒子iとjはネマティック相互作用を行うように規定している。d⃗dtcos sin (1) (2) 1 (3) sin2~ (4)実験的に得られた微小管の相互作用とその運動特性をそのまま数理モデルに当てはめて数値計算を行った結果、十分多くの粒子が集まることで、運動様相の記憶が集団として増強され、空間サイズが1,000倍も異なる秩序構造、渦列構造を創発することを確認した。この数理モデルが示すのは、次のような解釈である。微小管同士の衝突による相互作用は、微小管にとって時間的には一瞬の出来事なので、密度が低く少数の微小管の相互作用しか起きない状況においては、システム全体に波及するような大きな効果は生まれない。しかしながら、多数の微小管が高い密度で存在する状態においては、衝突後、粒子同士が方向を変えてすれ違うといった相互作用が、記憶情報の交換という観点で重要となるのである。つまり、多数の微小管が衝突してすれ違いを続けることで、集団全体として軌跡のバイアスの記憶を共有することになり、微小管のサイズに比べてはるかに巨大な秩序構造を創出することになる。つまり、数理モデルに基づいて実験結果を解釈すると、本研究で見いだされた巨大な渦の配列構造は、短時間の記憶を持つ自己駆動粒子が十分に多数集まることで、個々の粒子の運動様相の記憶が集団として増強され生じたものと言える。このように集団化により個々の短時間の記憶が集積する様子を示す単純かつ再現のよい実験系の発見は、自己駆動粒子一般の集団運動を理解する上で重要な一歩となる。一方、構築した数理モデルは解析が進んでおり、詳細なPhase-diagramが作られている[13]。記憶効果のない集団運動と比較して、記憶効果が創り出す集団運動は豊かな多様性を示す。安定した渦格子やその形態を変化させる泡状構造、Vicsekの波など、ダイニン–微小管実験系のバリエーションと対応できる構造創出が計算されており、これらの創発現象は実体を用いた集団運動の実験系において今後確認されることが期待される。2.2試験管の中で生じる構造ネットワークのダイナミックス細胞生物学において、細胞内の構造やタンパク質の挙動などの記載が進むことによって、これまでの生化学研究で仮定されてきた希薄溶液極限に基づく分子間相互作用のシンプルな描像や反応環境の一様性の仮定が、細胞内の分子間相互作用には適応されないことが示唆されるようになってきた。このような研究の状況において、要素が混雑している状態や局所的な構造による拡散の束縛がある状態を模倣しつつ、力学要素をも取り込んだ高次構造や反応機構を再構築することが求められるようになってきた[14]。この要請にこたえるために、我々の研究グループでは、二種類のタンパク質要素、タンパク質モータ・キネシン–5と微小管を一定の比率で混合してエネルギー源であるATPを加える新たな実験系を構築した。この実験系において、様々な混合比でタンパク質モータと微小管を混合すると、自発的に様々な空間的秩序構造が創り出されることを明らかにした(図3)[9]。数理モデル化と実験系との対応を付けやすくするために、微小管ネットワーク図3微小管とタンパク質モータが創出したネットワーク構造。星状体の中心にキネシンが集積している。12 情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.1 (2020)2 バイオ材料の知に学ぶ
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