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はじめに1.1鞭毛、繊毛の自律運動生物は、細胞単位で液体に力を及ぼす時に鞭毛、繊毛を使用する。細胞に多数存在すると繊毛と呼び、1、2本存在するときは鞭毛と呼ぶが、基本的に同一である。鞭毛は、17世紀のオランダの科学者レーウェンフックにより見いだされた。彼は、自作の単レンズ顕微鏡で池の水を観察、水の中を肉眼で見られない大きさの微生物が泳いでいる様子を観察した。その後、顕微鏡の倍率を約270倍にまで上げることに成功した彼は、水中の微生物が2本の角のようなものを動かして泳ぐ様子やヒトの精子の観察に成功した[1]。ミドリムシやゾウリムシのような単細胞原生動物から複雑な組織を持つヒトに至るまで幅広い生物が鞭毛・繊毛を持つ。植物は基本的に鞭毛を持たない。しかし、シダやソテツなどの精子は鞭毛を持つので、植物は進化の過程で鞭毛を無くしたと考えられる。人体では、気管、卵管、脳室などで繊毛が体液の流動を作り出し、また精子の鞭毛運動を担う等重要な役割を果たす。また、最近では繊毛が、細胞の化学的センシングや情報処理に重要な役割を持つこと、多くの組織の形成過程に重要な機能を持つことなどが明らかになってきており、その研究は医学や発生学の観点からも重要視されている[2][3]。我々が、鞭毛を研究対象にする大きな要因は、鞭毛には、細胞から“曲げろ”、“伸ばせ”と指令を受けなくても自律的に時間空間的に整った波打ち運動を発生する仕組みを備えているからである(図1)(一般解説、参考文献[4][5])。例えば、鞭毛研究のモデル生物、単細胞緑藻のクラミドモナスから鞭毛を切り離し、その鞭毛の細胞膜を界面活性剤で除去し鞭毛の内部構造(鞭毛軸糸)をむき出しにした状態にし、そこにエネルギー源であるATPを加えると、鞭毛軸糸は生体に近い波形で振動運動する。生物は、カルシウムイオン濃度の上げ下げ、リン酸化反応のカスケードなどの細胞内情報伝達を使い自律運動する鞭毛の活性や波形をコントロールし、好みの方向に細胞を進めたり、細胞周りの液体の流動を調節したりする(図1)。言わば、細胞内で分子通信を行い、鞭毛運動を制御しているようなものである。鞭毛の動作機構を研究することは、分子通信ネットワークのモデルケースとして新たな技術のヒントを得られる可能性が非常1我々が研究対象にする鞭毛は、生物が細胞単位で液体に力を及ぼす時に使われる共通の細胞小器官であり、自律的に時間空間的に調和した波打ち運動を発生する仕組みを備えている。その巧妙な仕組みを解明することにより、ICT技術に応用可能な新規技術を抽出できると考えられる。鞭毛の動作機構を知るためには、その動きの基礎となる鞭毛ダイニンと微小管との相互作用を理解することが重要であると考える。ここでは、鞭毛ダイニンの構造と機能の多様性を研究した生体物性プロジェクトの取組について紹介する。One of our research subjects is the organelle "flagella of eukaryotes" which are equipped by large extent of organisms and are commonly used when cells are propelled in the liquid in cell units. The flagellum has mechanisms for autonomously generating flagellar waveforms which are harmo-nious in spatial and time. We believe that we can extract the applicable new technologies in ICT by elucidate those clever mechanisms. In order to understand the action mechanism of flagella, it is important to understand the interaction between flagellar dynein and microtubules, which is the basis of its movement. Here, I will describe the research efforts of Protein Biophysics Project that has studied the diversity of structure and function of flagellar dyneins.2-3 調和された鞭べん毛もう運動を引き起こすモータタンパク質、“鞭毛ダイニン”の機能及び構造の多様性2-3Flagellar Dyneins: the Diversity of Structures and Functions榊原 斉SAKAKIBARA Hitoshi172 バイオ材料の知に学ぶ

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