に高いため、我々のミッションの一つとなっている。1.2鞭毛の構造鞭毛の横断面を見ると、内部に一対の中心対微小管を9本の周辺微小管が取り囲む構造を観察できる(図2A)。この「9+2」と呼ばれる構造は約200種類ものタンパク質が精緻に組み上がってできたもので、繊毛・鞭毛を持つ真核生物で基本的に共通である。周辺微小管、中心対微小管は、チューブリンというタンパク質が重合してできたチューブ状の繊維である。微小管は、細胞分裂のときに現れる紡ぼう錘すい糸しや神経の繊維とも共通する細胞にとって最も重要なタンパク質繊維の一つである[4][5]。鞭毛の動力は、タンパク質モータ、鞭毛ダイニンである。ダイニンは、モータ活性の中心であるリング状頭部を含む分子量約50万の重鎖ペプチドと尾部に結合する中間鎖及び軽鎖ペプチドから成る巨大なタンパク質複合体として存在する。鞭毛横断面ではそれぞれの周辺微小管上から隣接する周辺微小管に向かって突き出る2つのダイニン腕(外腕、内腕)を形成する。このダイニン腕を形成するダイニンが、ATPを加水分解して得たエネルギーを使い、隣の周辺微小管のB小管との間に滑りを発生することが繊毛運動の基礎である。一口にダイニン外腕、内腕と称しているが、外腕は3種類の重鎖(α、β、γ)を持つ1種類の外腕ダイニンが数個、内腕は1個の重鎖を持つ6種類の内腕ダイニン(a-e、g)と2個の重鎖(I1α、I1β)を持つ内腕ダイニン(f)が重なって観察されるものである。ここ十数年ほどの電子線トモグラフィ法の発展により、鞭毛ダイニンそれぞれが周辺微小管上でどのように立体配置されているのか、明らかになった(図2B、 C)[6]–[8]。鞭毛軸糸は、微小管を形成するタンパク質、チューブリンの大きさ、8 nmを基調とした周期で鞭毛の長軸方向に構造を繰り返す。内腕ダイニンは96 nm周期で配列する。立体配置が明らかになると、内腕ダイニンの頭部はI1βを除く7種が鞭毛の内側に1列に並んでいることが分かった。外腕ダイニンは96 nm周期中に4個並んでいる。外腕ダイニンの3個の頭部はA小管と平行に積み重なる(図2C 外腕の破線)。1.3滑りから屈曲へそれぞれの周辺微小管上のダイニンが均等に力を発生したら、平面的で整った鞭毛波形を形成できないことは自明である。鞭毛が屈曲するためには、周辺微小管間の滑りが偏在することにより滑りの大きなところと小さなところとの間に屈曲が生じる(図3)。この屈曲と逆方向のすべりによる屈曲からの回復が鞭毛の先端方向へ伝搬し、鞭毛基部で新たな屈曲が始まることにより、鞭毛の波打ち運動が発生すると考えられている[9]。1.4鞭毛ダイニンの多様性我々は、鞭毛運動の素過程である鞭毛ダイニンと微小管との相互作用を詳細に調べることが鞭毛運動の機構解明につながると考え、複数種の鞭毛ダイニンのそれぞれを単離精製し、構造や運動性を調べてきた。その結果判明したのは、それぞれのダイニンは、頭部の構造は共通性が高いが尾部に多様性がみられること、それぞれが異なる特性の運動性を持つということである。ここでは、我々の研究を通じて分かった鞭毛ダイニンの構造や運動の多様性とその意義を解説する。研究成果2.1力発生時におけるダイニンの構造変化我々が、鞭毛ダイニンの構造の詳細の研究を始めたのは20世紀の最終年、2000年である。英国リーズ大2図1 鞭毛の自律運動A:鞭毛研究のモデル生物、単細胞緑藻クラミドモナスの鞭毛運動。ストロボ撮影。クラミドモナスは2本の鞭毛を平泳ぎのように動かし、遊泳する。B:鞭毛の自律運動クラミドモナスの細胞体から鞭毛を切り離し、界面活性剤で細胞膜を溶かし内部構造を外に出す。そこへエネルギー源のATPを加えると、細胞体が存在しなくても通常に近い波形で振動運動をする。生物は細胞内情報伝達物質を使い鞭毛運動をコントロールする。細胞内のカルシウム濃度が上昇するとクラミドモナスの鞭毛運動は非対称型から対称型へ変化する。(右パネル、この実験では鞭毛周りの溶液にカルシウムを添加した。暗視野顕微鏡で撮影、Bar=5㎛、3 m秒間隔。)18 情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.1 (2020)2 バイオ材料の知に学ぶ
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