HTML5 Webook
27/72

モータ活性を持つことが報告されている[18]。異なる運動活性を持つ鞭毛ダイニンが、一本の周辺微小管上に共存することは、一見、非常に非効率なことに思える。遅い滑り速度を持つダイニンは、速く微小管を滑らせるダイニンの抵抗になりかねない。実際に速い滑り速度を持つダイニンcと遅い滑り速度を持つダイニンfをガラス基板上で共存させ、それらに微小管を相互作用させ滑り運動を再構成すると、ダイニンfはダイニンcの抵抗として働く(図8A)。しかしながら、ダイニンfを押す力が強くなり、ある一定値を超すとダイニンfは急速に微小管との結合を離し、抵抗として働かなくなる[20](図8C)。一方、ダイニンf 同様遅い微小管滑りを起こすダイニンe は、異なった振る舞いをする。ダイニンcと混合してもダイニンc単独の場合からの微小管滑り速度の低下は全く観察されなかった(図9A)。さらに、ダイニンe単独の時の微小管滑り速度より速いダイニンcの滑りを加速した。速いダイニンの抵抗にならないダイニンeの性質は、ダイニンcに対して特異的でなく、他のダイニンに対しても同様の性質を示した[21](図9B)。ダイニンeは、生体内で速い滑り速度を持つダイニン、ダイニンcと隣接している。ダイニンeはダイニンcの運動を阻害せずに微小管を支持する機構、例えばダイニンcが微小管に力を加えないときは微小管を支持するがダイニンcが力を発生すると素早く微小管から離れるような性質を有しているのだと考えられる。一方、ダイニンfは滑りの抵抗になり、滑りから曲げへの変換を助ける大きな役割を持つ可能性がある。それゆえ、ダイニンfだけ欠失した変異株でも鞭毛打の振幅が小さくなり、遊泳速度が2分の1になる。そして、速く滑る場面では、微小管から手を離すのかもしれない。このように、生物は、多様なダイニンを鞭毛運動中でそれぞれ働く場面を変え機能させることにより、自律的な鞭毛運動を効率よく発生し、細胞内伝達物質で運動を思いどおりに変化させる機構を持っている。2.5研究の展望最近、鞭毛内の立体構造や運動中のダイニンの動きなど次第に明らかになりつつある。また、鞭毛運動のシミュレーションの試みも行われるようになってきている。バイオの技術発展及びDNA折り紙技術などナノファブリケーションなどのナノ技術も大きな発展をしてきており、鞭毛など細胞小器官を操作したり、システムを模倣したモデル実験系を構築したりすることが可能になってきている。著者自身は、カルシウムやリン酸化タンパク質などを使いナノ構造物の形を変化させたり、そこに配列した機能タンパク質の活性を制御したりする技術、分子通信の受信機側の技術が鞭毛の運動制御機構を参考にできないかと考えている。技術を更に発展させて応用の道を拓ひらく時代はもうそこまで来ていると思われる。謝辞ここで紹介した研究は、大岩和弘博士、小嶋寛明博士、Stanley A Burgess博士(Leeds大)、Mathew Walker 博士(Leeds大)、Takashi Ishikawa 博士(Paul Scherrer Institute)、Stephan M. King教授(Connecticut大)、Miho Sakato博士(Connecticut大)、小谷則遠博士、清水洋輔博士との共同研究で行われました。図7 内腕ダイニンe連続運動性のテストA:ダイニンeのガラス表面上の濃度を変化させ、それに対して、液中の微小管がガラス面に着地して滑り出す面積、時間あたりの頻度をプロットしたもの。実線、単一分子でダイニンが微小管滑りを発生できると仮定したときのフィッティング。破線、微小管滑りに2分子以上必要であると仮定したときの曲線。B:ダイニンeの表面密度が0.1 μm-1以下の時の運動を示した微小管のトレース。微小管はガラス面上に1点で支持され、左右に振れながら運動する。参考文献[21]の図を改変。Bar=5 μm。232-3 調和された鞭べん毛もう運動を引き起こすモータタンパク質、“鞭毛ダイニン”の機能及び構造の多様性

元のページ  ../index.html#27

このブックを見る