まえがき生きた細胞(生細胞)は、分子を情報媒体とした通信(分子通信)によって様々な情報を外界とやりとりしながら生きている。分子通信は、生体親和性を有する、水環境でも使用できる、低消費エネルギーで駆動し得るなどの優れた特性を持つため、新しい情報通信パラダイムの一つとして、概念提唱以来、様々な研究が行われている[1]–[4]。生細胞が持つ分子通信システムを人為的に再構成し、制御できるようになれば、既存の情報通信技術(ICT)の適用が難しい環境下における化学物質情報の検出や処理など、新たなICTの創出につながると期待される。しかし、これまでのところ、分子や細胞等を直接取り扱って行う実験に基づいたバイオ研究の側から分子通信にアプローチした研究例はまだほとんどない。そこで、我々の研究グループでは、細胞が得意としている分子通信のICT分野における利活⽤を実現するため、生命の最小機能単位である細胞を対象としたICT研究“細胞ICT研究”に着目し、研究を進めてきた[5]–[7]。本稿では、生細胞が持つ外来物質認識機構の解析や、その結果をヒントにして進めてきた、生細胞内における機能性微小空間の人為創製に関する研究開発の現状について報告する。生体-非生体ハイブリッド素子を用いた細胞ICT研究の狙い細胞が行う分子通信の仕組みを理解し、人工的に制御できるようにするためには、単に生命活動を顕微鏡法等によって詳細に観察するだけでなく、細胞に対して積極的に人為刺激を与え、それに対する細胞応答を調べるという研究アプローチが重要である。そこで我々は、生細胞が行う分子通信を解析し人為制御するための方法論として、生細胞の中に、人為的な操作が可能な人工物を埋め込み、人為的な刺激に対する細胞応答を詳細に解析できる実験システムを構築しようと考えた(図1a)。この実験システムの最大の特徴は、生細胞と直接接触して化学反応を起こさせる役割を担う“生体”分子を、人為的な設計や操作が可能な “非生体”物質の表面にコーティングした、“生体-非生体ハイブリッド素子”を用いる点である。生体-非生体ハイブリッド素子は、実験目的に応じてその性状(大きさ、材質など)を容易に変更可能なため、細胞が行う外来物質認識機構の理解や、それに基づいた細胞機能12生物に見られる自然の「知」(自然知)に学んで新たな情報通信技術(ICT)を創出するためには、分子や細胞、個体といった生物の様々な階層を対象とする研究の進展が必要である。我々の研究グループでは、生命の最小機能単位である「細胞」が持つ情報処理能力や通信能力を利用した新たなICTパラダイムの創出に向けて、細胞機能の計測・制御技術の研究開発を進めている。本稿では、細胞がどのようにして外界からの情報を検知し、それに対する柔軟な対応を行っているかについて、生体−非生体ハイブリッド素子を用いた独自の計測技術を使うことで初めて明らかとなった知見を紹介する。Our research group aims to create a new ICT paradigm using the information processing and communication capabilities of the cell, the smallest functional unit of life by carrying our research and development into technology for measuring and controlling cellular functions. This paper fo-cuses on what has been clarified for the first time regarding how cells obtain information on external environment, and how they respond flexibly to it, by an original measuring technique using a biolog-ical-non-biological hybrid device.2-5 生体–非生体ハイブリッド素子を用いた細胞活動の理解と人為制御2-5Understanding and Control of Cellular Functions Using a Biological-non-biological Hybrid Device小林昇平KOBAYASHI Shouhei312 バイオ材料の知に学ぶ
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