と三つの手法を基盤に、溶液評価を実現した手法である。化学物質検出デバイスとしての微生物の選択生き物を化学物質検出器として利用するということは、生き物に作用(“生物活性”)のある化学物質が検出されることになる。ここで、我々は化学物質検出デバイスとしてバクテリア大腸菌を選択した。先行研究で多くの知見が蓄積されており[1]、(生物特性1)大腸菌は多様な化学物質の種類と濃度により泳ぎの様子を変化させること[2]、(生物特性2)培養(デバイス作製)が容易であること、(生物特性3)観察手法が確立されていること[3]、をメリットとした選択である。ここでデメリットは、我々が評価したいターゲット溶液に、大腸菌が応答しない可能性があることである。生物種により生物活性にはバリエーションがあるためで、実際の運用では、大腸菌の挙動変化の有無を事前確認しておく必要がある。応答として何らかの挙動変化があれば、数値化を経て後述する統計的手法と組み合わせることで、様々な溶液評価の可能性が期待される。また、生き物を化学物質検出器として利用する場合、目的に応じてその検出特性を考慮することが重要となる。検出特性の代表的なものに、基質化学物質への“特異性と高感度性”などが挙げられるが、我々が今回利用しているのは、基質化学物質への“あいまいな結合”と言える[1][2]。“あいまいな結合”で多様な化学物質を検出対象とし、統計的手法を用いることで、ヒトにとって有用な情報を選択・抽出する(実施例は後述)。バクテリア大腸菌はその走化性応答において、 “あいまいな結合”を提供する微生物デバイスと言える。特定の化学物質の検出を目的とするのではなく、多様な化学物質検出を前提とすることで、ヒト(生き物)への効果・影響(例えば、味・薬効・毒性など)という価値軸で多種の化学物質をカテゴライズできるかもしれない可能性を付け加えておきたい。化学物質溶液情報の数値化とデータベース構築デバイスとして使用する微生物を決めると、次は、化学物質溶液情報データベース構築へ向けた、「微生物を活用した化学物質溶液情報数値化法の開発」である。生物をデバイスとして、化学物質溶液情報を数値化する際に課題となるのは、(課題1)一定状態の微生物をどう準備するのか(再現性)(課題2)生き物からの信号出力をどう読み出すのか(可視化、数値化)(課題3)生き物の個体差による応答のばらつきをどう処理するのか(安定性)などが挙げられる。我々は大腸菌の生物学的知見を参考にして、課題を解決した。課題1には培養操作を改良することで細胞状態の再現性を高め、課題2には大23図1 化学物質情報可視化のための生物学的基盤(a)大腸菌走化性応答模式図。べん毛を使って泳ぐ大腸菌細胞(~数ミクロン)は、べん毛の根本にある回転モーターの回転方向を確率的に変えることで、誘因物質に向かって泳いで行く(忌避物質から逃げる)。また、定常的な環境(濃度勾配の無い状態)では、適応によりその環境に慣れる。 (b)テザードアッセイの模式図。ガラス基板に吸着した細胞の回転方向を観察する。溶液交換することで細胞に化学物質刺激を与えることが可能になる。 (c)細胞の顕微鏡観察像(位相差像、スケールバー=1 μm)。数~数十ヘルツで回転する細胞体の動きを高速カメラで記録する。画像解析により回転方向の時間変化を定量評価することで化学物質情報を可視(数値)化する。写真は1秒間の回転の様子。好きな物の濃い所に向かう38 情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.1 (2020)2 バイオ材料の知に学ぶ
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