腸菌走化性応答を顕微観察し動きの変化を画像解析で数値化し、課題3には細胞集団の運動を平均化することで個体差ばらつきを減らした安定出力を得た(手法1の開発)。大腸菌走化性応答とは、大腸菌細胞の化学物質に対する、“好き”・“嫌い”、“慣れる”、(誘引・忌避応答、適応)という水溶液中での応答である(図1a)。大腸菌細胞は(環境)化学物質情報を泳ぐ様子に変換して信号出力するデバイスといえる。テザードアッセイ(大腸菌走化性応答の研究の1つの代表的手法[4])を利用し、泳ぐ様子の変化を数値化する(泳ぎを細胞体の回転動態として観察・定量する(図1b、c)、観察時間10分間)。与える化学物質(溶液)に応じて細胞体の回転方向が変化する(時計回り(CW)と反時計回り(CCW)の出現頻度が変化する)ことを利用し、化学物質(溶液)情報の数値化を実現した[5]。また、マイクロ流路を(図2 a)利用することで、化学物質溶液交換時(図2 b)の流速に影響を受けずに運動を観察できるようにする工夫も加えた。これらの工夫は、生き物を検出デバイスとして利用するうえで、検出器としての性能(安定性)を確保する工夫と言える。この計測システムの開発により、大腸菌を検出器とした化学物質情報の数値化及び化学物質入力・応答出力データの大量取得を実現し、データベース構築を可能とした(手法2の構築)。データベース構築に際しては、識別目的に合わせた形で対象サンプルを設定する必要がある。ここでは、次節の統計処理で説明する“利き化学物質”の識別対象が設定されていることになる。ヒトに役立つ情報の抽出(化学物質識別の統計処理・化学物質識別器としての利用)データベース構築の次は、データベースを参照して、微生物の化学物質認知からヒトに役立つ情報の抽出(変換)操作である。この操作には統計処理を利用する[6]。繰り返しになるが、バクテリア大腸菌は化学物質を検出して泳ぎの様子を変える。つまり、泳ぎの様子が変われば、そこに何らかの化学物質が存在していることはわかる(検出)。では、その化学物質は何なのか?識別には困難が伴う。例えとして、“利き酒”のイメージが分かりやすいかもしれない。我々の化学物質識別では、概念的には、“化学物質の銘柄当て”を大腸菌と統計手法を使って実現しているイメージと言える。人間の行う“利き酒”ならぬ、大腸菌と統計手法を使った“利き化学物質”により、化学物質種を当てる(識別する)というわけである(図3)。 “利き化学物質”の手順概要は、①ブラインド化学物質溶液を検出して、②出力応答を統計手法によりデータベースからマッチングを検索し、③要素のマッチングが最も高い化学物質種をブラインドサンプルの候補として推定することとなる(手法3の開発)。計測システムと統計解析手法を基盤とした、『微生物を用いた化学物質溶液の識別法(デバイス)』と言える。“利き酒”に経験データが必要なように、“利き化学物質(溶液)”にもデータベースが必要となる。前章で触れたように識別対象となる標準(ラベル付けされた)サンプルを準備し、あらかじめデータベースを構築しておくことが前提とはなるが、基礎研究として、アミノ酸を標準サンプルとしてテストした結果、我々の手法がうまく機能し、アミノ酸を識別できることが分かった。識別の精度は、識別対象の組合せに依存するが、2種類のアミノ酸の組合せでは90%以上の正解率を示す組合せもある。識別精度の向上には、質の良いデータベース作成が要かなめとなるため、現在も改良を続けている。4図2 走化性応答測定による化学物質情報の数値化(a)計測用チャンバ。自作PDMSマイクロ流路をカバーガラス(24mm×32mm)に密着させチャンバを作製する(図は3本の流路、スケールバー=1cm)。マイクロ流路の形状に工夫を加え流速を遅くすることで安定した計測を実現してる[5]。 (b)計測システム(主に、顕微鏡、高速カメラ、コンピュータより構成される)。写真は研究開発用の顕微鏡であるが、現在小型簡易版を開発中。392-6 バクテリア走化性を利用した溶液評価法の開発
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