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現在のICTにおいては、日々拡大する情報通信ネットワークや構成要素の高機能化・高度化への要求、そこで消費されるエネルギーの急激な増加への対処が喫緊の課題となっている。同時に、情報通信の主体は人間であり、情報通信システムの末端には必ず人間が位置していることを考えると、生物である人間に寄り添ったインターフェイスの構築をはじめとした、人間に親和性の高いICTを実現することが強く求められる。生命は40億年にもわたる長い進化の歴史を経て、限られたリソースとうまく折り合いをつけながら、過酷な環境に適応して生き抜くための様々な“知恵”を獲得している。私たち自身に目を向けてみると、人間は60兆個もの細胞によって成り立つ超巨大システムでありながら、100年間にもわたり動作し続ける頑健性を持っていること、天然の情報処理機械である脳は20W程度の低消費エネルギーであるにもかかわらず人の作った計算機よりも優れた働きを行うこと、目や耳や舌という優れたセンサにより光や音や化学物質から得られる多種多様な情報を感知するとともに、筋肉などのエネルギー効率の高いアクチュエータによって適切に外界へ働きかける能力を備えていることなどに思い至る。これらの事例は、超複雑システムの制御、超低エネルギー消費システムの実現、人や生物に密接したセンシング・アクチュエーション領域の拡張など、ICTの課題に答えるための鍵を与える種となり得るものであり、これらを発現するメカニズム=“自然の知恵”についての知見を深めることで、未来のICTを実現するためのテクノロジーの種を手に入れることが大きく期待できる。研究の対象としてバイオを眺めたとき、そこには多くの切り口がある。システムとして見た場合、分子から細胞、器官、個体、社会に至るミクロからマクロスケールまでの広大な階層があり、それぞれの階層においてあまねく上述したような生物的な特長は発揮されている。情報通信研究機構(NICT)においてバイオICTに関わる各プロジェクトでは、生物としての特長を備えながら、複雑さを最小限にとどめた解析が可能な生体分子のレベルから、生命の基本単位である細胞のレベル、さらにはミニチュアスケールの脳である昆虫の中枢神経系のレベルまでをターゲットとして設定して研究を進めている。本特集では、基礎研究に基盤を持つバイオICT研究が、独創的かつ挑戦的な取組を経て未来のICTへ貢献する道筋を、専門外の方にもご理解いただけるよう、現場で日々研究に取り組んでいる研究者によって、できるだけ分かりやすくお示ししたいと考えている。まず、2においては、「バイオ材料の知に学ぶ」と題して、生物を構成する部品や生物システムそのものを素材として利用し、分子のレベルから細胞のレベルに至る階層で、それらの生物としての特徴的な機能を人工的に再構築して取り出し、センサシステムや情報処理回路などのICTの素材として使うための基盤的な研究の取組について紹介を行う。次に、3においては「バイオシステムの知に学ぶ」と題し、生物をシステムとして形作るための根源的なメカニズムを昆虫の脳や細胞の遺伝子制御システムから抽出し、真の意味において生物の“知”を取り入れた情報処理法などを新たなICTの設計原理として活用するための研究の取組と、生物システムの動作を計測する新たな顕微計測技術についての取組について紹介する。バイオICTの研究活動では、生き物の優れた機能と“つくり”に学んで、新しい情報通信技術のシーズを創出することを目標としている。ここでは、生体分子から昆虫の脳に至るまでの我々の取組に共通する新しい概念として「自然知」というキーワードを提案している。本編でも紹介するバクテリアを活用した化学物質センシング技術の研究を例にとれば、生き物としては最も単純なバクテリアであっても、人工のセンサではまだ到達できない高度な情報識別能力を発揮することが明らかになってきた。この能力は、細胞を構成する分子ネットワークが持つ高度で柔軟な機能の記憶 =“知能のようなもの”によって実現されており、現在は未解明の部分も多いその構造と機能にアプローチするための糸口が、バクテリアの情報識別能力を人工的に再構成することでつかめてきたと考えている。ここで見られる複雑な情報を上手に単純化して識別することに長けた、自然の持つ「知」は、我々が扱う生体分子か1 緒言 自然の知に学ぶ未来のICT1Introduction: Future ICT Emerging from Intelligence Equipped in Nature小嶋寛明KOJIMA Hiroaki11 緒言 自然の知に学ぶ未来のICT

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