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ラムのオン/オフを決めるスイッチとして働くことが推測される。一方、同定した2つのニューロン集団に信号を送り込むニューロンの探索からは、視覚系のニューロン、中でも視覚系の特徴抽出フィルターとしてはたらく脳領域からの出力を伝達するニューロンが有力な候補として見つかった。こうして、私たちが見つけた動作制御ニューロンを中心とした神経回路が、視覚情報を運動出力に変換するインターフェースとして機能しているという構図が浮かび上がってきた。今後、コネクトームデータを利用してこの神経回路の構造を単一ニューロンレベルで明らかにする一方、神経活動のライブ計測により回路の応答様式の解析を進め、視覚が関わる求愛回路のアクトーム構築を進める予定である。これにより、雄の脳が網膜への入力像からどのような特徴量を取り出し、少数ニューロンでの効率的な追跡と衝突回避を実現しているのかを明らかにできると考えている。今後の展望アクトームの構築は、今後、ニューロンネットワークの作動原理を理解するための最も有効な手段の一つになると期待される。個体が示す個々の動作と高次ニューロンとを1対1で対応付け、そこを起点に回路全体の動作原理を探るアプローチは、ニューロン機能の冗長性が低いショウジョウバエにおいて特に高い有効性を持つ。なぜハエが敏速に、しかも極度に不規則な(不規則に見える)運動を実行しながら、衝突や転倒、落下を免れて私たちの攻撃を逃れることができるのか、その一方で、洗練された愛の儀式の全工程を、しくじることなしに演じとおすことができるのか、その謎の背後にあるアルゴリズム解明の鍵は、このアプローチが与えてくれるはずだ。そのロジックを知的工学システムへと応用し、決してぶつからない自動運転、墜落や衝突なしのドローン制御、その他もろもろの工学的技術の開発へとつなげていきたいと私たちは考えている。【参考文献【1K. J. T. Venken, J. H. Simpson, and H. J. Bellen, “Genetic manipulation of genes and cells in the nervous system of the fruit fly,” Neuron, vol.72, pp.202–230, 2011.2C. S. Xu, M. Januszewski, Z. Lu, S. Takemura, K. J. Hayworth, G. Huang, et al., “A Connectome of the Adult Drosophila Central Brain,” Biorxiv [Preprint], 2020.3H. Ito, K. Fujitani, K. Usui, K. Shimizu-Nishikawa, S. Tanaka, and D. Yamamoto, “Sexual orientation in Drosophila is altered by the sa-tori mutation in the sex-determination gene fruitless that encodes a zinc finger protein with a BTB domain,” Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., vol.93, pp.9687–9692, 1996.4K. Usui-Aoki, H. Ito, K. Ui-Tei, K. Takahashi, T. Lukacsovich, W. Awano, et al., (2000). “Formation of the male-specific muscle in female Dro-sophila by ectopic fruitless expression,” Nat. Cell Biol., vol.2, pp.500–506, 2000.5K. Kimura, M. Ote, T. Tazawa, T., and D. Yamamoto. “Fruitless specifies sexually dimorphic neural circuitry in the Drosophila brain,” Nature, vol.438, pp.229–233, 2005.6H. Ito, K. Sato, M. Koganezawa, M. Ote, K. Matsumoto, C. Hama, and D. Yamamoto. “Fruitless recruits two antagonistic chromatin factors to establish single-neuron sexual dimorphism,” Cell, vol.149, pp.1327–1338, 2012.7D. Yamamoto and M. Koganezawa, “Genes and circuits of courtship behaviour in Drosophila males,” Nat. Rev. Neurosci., vol.14, pp.681–692, 2013.6図4 行動のスイッチとなるニューロンの同定。(A) 実験方法の概略。(B) 実験装置。挿入図中の矢印は実験個体を示す。54   情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.1 (2020)3 バイオシステムの知に学ぶ

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