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質の種類が5,000ということを意味する。遺伝子は、DNAと呼ばれる分子でできている。分裂酵母の場合、一つの細胞核には、3本のDNA分子が含まれている。およそ5,000個の遺伝子は、この3本のDNA分子の中に存在する。これは、3枚組のCDに合計5,000曲が収められているようなものである(1枚ごと(DNAごと)に収録曲数(遺伝子数)は、違う)。リボソームは、約80個のタンパク質と4個のRNAからできている。リボソームを構成するRNAをリボソームRNA(rRNA)、タンパク質をリボソームタンパク質(RP)という。分裂酵母の場合、RPは、79個あって、その遺伝子は142個ある。タンパク質の数と遺伝子の数が違うのは、同じタンパク質に対して複数の遺伝子が存在するからで、これは、先のCDの例で言えば、同じ曲がアレンジを変えて何回か収録されているようなものと思えばよい。5,000個あるうちの142個であるから、RP遺伝子は、数で言えば、分裂酵母全遺伝子の3%足らずを占めるに過ぎない。遺伝子発現としてのタンパク質合成分子生物学では、遺伝子発現という言葉は、必ずしも一定の意味では、使われていないのだが、本稿では、これを、遺伝子からタンパク質が合成されるプロセスというほどの意味で使うことにする。「遺伝子がどれだけ発現しているか?」と言った場合には、「遺伝子からどれだけのタンパク質が合成されているか?」を意味していると考えてよい。遺伝子発現は、転写と翻訳という二つのステップから成る。以下では、遺伝子発現としてのタンパク質合成を生で演奏される音楽と比べてみる。作曲家が譜面に音符を並べる。その自筆の一点ものの楽譜が、遺伝子(DNA)である。細かい問題を無視すれば、個々の遺伝子は、細胞あたりそれぞれ1分子しかない。一点もののオリジナルの楽譜だけでは、足りないから、演奏のためには、たくさんの楽譜のコピーが印刷される。この楽譜のコピーがmRNA(mは、messenger)である。mRNAは、DNAを基に多数、印刷される(この反応を分子生物学では、転写と呼ぶ)。印刷された楽譜を手にした演奏者によって奏でられる音がすなわち音楽であって、これが、音楽の最終産物である。この演奏者に相当するのがリボソームである。リボソームは、mRNAに従って、タンパク質を合成する(この反応を分子生物学では、翻訳と呼ぶ)。タンパク質が遺伝子発現の最終産物である。この音楽演奏とタンパク質合成とのアナロジーで、しかし、両者には、いくつかの違いがある。音楽の場合、演奏者といっても、扱う楽器やジャンルが様々であるが、リボソームは、ただ一種類で、あらゆるmRNAを演奏(翻訳)することができる。加えて、音楽の場合、どの楽曲を演奏するかは、演奏者なり興行主なり、ひいては、聴衆が決めると考えられる。楽曲の演奏頻度は、楽曲の人気度合によって決まるもので、結果的に演奏回数の多い人気の楽曲であれば、その印刷された楽譜の部数もそれだけ多いだろうが、それは、あくまでも、演奏者(あるいは、興行主や聴衆)によって選ばれた結果であって、作曲家が初めから印刷部数(ひいては、演奏回数)までを指定して譜面を書くわけではない。一方、タンパク質合成の場合、それぞれの遺伝子からどれだけmRNAが転写され、それぞれのmRNAからどれだけのタンパク質が翻訳されるかは、遺伝子そのものが内包する遺伝子固有の特性としてとらえるべきものと考えられている。遺伝子の発現頻度遺伝子の発現頻度とは、細胞の中で、それぞれの遺伝子からどれくらいのタンパク質が合成されているかということである。遺伝子そのものは、どれも1個しかないから、その発現頻度が遺伝子によらず一定であれば、すべてのタンパク質も細胞あたり同数存在することになるが、実際は、そうではない。ほんの数個から、数十万分子存在するものまで、その数は、極めて多様である。こうした多様性は、遺伝子発現が転写と翻訳の二段階で行われることを考慮すれば、それぞれの遺伝子のmRNAの数と、それぞれのmRNAの翻訳されやすさに依存すると考えられる。図1aは、通常の培養条件で増殖中の分裂酵母細胞における遺伝子ごとのmRNA数を計測した結果である。5,000個余りある遺伝子の中で、mRNAが再現よく検出可能な遺伝子4,678個について、横軸は、mRNA数の多い遺伝子からの順位、縦軸は、各遺伝子のmRNA数(細胞あたり)の相対値である。上位10%の遺伝子のmRNA数だけで、全mRNAのおよそ80%を占めていて、大部分の遺伝子のmRNA数は、低レベルにあることがわかる。図1bは、これを基にmRNA数の分布をヒストグラムにしたものである。ただし、横軸は、図1の縦軸mRNA数の自然対数となっている。一見して、mRNAの分布には、二つのピークが存在することが分かる。mRNA数の大きな方にあるピーク(2ndピークと呼ぶ)には、180個の遺伝子が含まれていた。驚いたことに、この180個のうち、129個(72%)がRP(リボソームタンパク質)遺伝子であった。これは、全部で142個あるRP遺伝子の91%に相当する。また、このとき、RP遺伝子142個のmRNA数の合計は、全遺伝子の総mRNA数の46%を占めて3458   情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.1 (2020)3 バイオシステムの知に学ぶ

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