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計測によるrの値は、0.46から0.42へと減少していた。一方、細胞あたりのリボソーム数は、rRNA量の測定により、約40%減少していると考えられた。リボソーム数が40%も少ないということは、細胞の持つタンパク質合成能力がそれだけ少ないことを意味しているが、それにも関わらず、倍化時間が僅か5%しか増加していないことは、細胞が持つ優れた適応能力を示している。この際、mRNAのrフラクションが、0.46から0.42へと減少していたことは、細胞が、低窒素環境への適応において、「リボソームを作るために使われるリボソームの割合」を自律的に調節する仕組みを有していることを示している。あるシステムが何らかの製品やサービスというアウトプットを生み出している場合、システムが使うリソースのすべてがアウトプットに直結するわけではない。一部のリソースは、システムのアウトプットを維持、調整するための内部機構に使われる。そうであってみれば、リソースに限りのある場合、そのうちのどれだけを内部機構の維持に使い、どれだけをアウトプットに使うかは、システムの効率的運用に不可欠の問題である。増殖細胞に置き換えて考えると非リボソームタンパク質の生産は、システムのアウトプットであり、リボソームは、システムのアウトプットを維持、調整するための内部機構と考えることができる。このとき、「リボソームを作るために使われるリボソームの割合」とは、システムが利用可能なリソース(この場合には、合成可能な総タンパク質量)のうち、内部機構の維持調整のために費やすリソースの割合を意味する。上述したとおり、分裂酵母細胞は、自らの置かれた環境に応じて、rフラクションを調節することにより、利用可能なリソースの効率的で、自律的な配分を実現していた。生物界のみならず、非生物学的な様々なシステムにおいて効率的で自律的なリソース配分が求められるとき、ここで見出されたrフラクションの調節に見習うべきものは、少なくないと考えられる。謝辞本稿で紹介した研究成果は、情報通信研究機構未来ICT研究所 原口徳子博士(現大阪大学大学院生命機能研究科)、同機構脳情報通信融合研究センター Leibnitz Kenji博士、大阪大学大学院生命機能研究科 平岡泰博士、同大学院情報科学研究科 村田正幸博士、荒川伸一博士らとの共同研究によるものです。【参考文献【1Chikashige Y, Arakawa S, Leibnitz K, Tsutsumi C, Mori C, Osakada H, Murata M, Haraguchi T, and Hiraoka Y, “Cellular economy in fission yeast cells continuously cultured with limited nitrogen resources,” Sci. Rep., vol.5, article number: 15617, Oct.21, 2015.近重裕次 (ちかしげ ゆうじ)未来ICT研究所フロンティア創造総合研究室研究マネージャー博士(理学)分子遺伝学、ゲノムサイエンス図3 異なる窒素濃度により培養された分裂酵母細胞の比較分裂酵母の4個のrRNAは、大きい方から、28S、18S、5.8S、5Sと呼ばれている。図に示すrRNA量は、このうち、28Sと18Sの定量を行った結果。60   情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.1 (2020)3 バイオシステムの知に学ぶ

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