まえがき生物が実現している技術は人類の技術をはるかに凌りょう駕がしている。例えば、遺伝物質であるDNAは、化学的に暗号化された高性能の記憶装置である。DNAは、他の生体因子によって遺伝暗号がデコードされるだけでなく、自己組織化の原理に基づく自己複製、損傷に応答した修復再生、そして適応的に進化することができる。生物個体はシステムとして高度な適応性を持ち、エネルギーを高効率で利用するとともに、資源を循環して再利用する。このように優れた技術を理解し、使用することができれば、人類の技術は根本から変化するだろう。生物がこのように優れた機能を発揮できるのは、様々な機能を持つ分子複合体が、僅か10~150nm(nmは、mmの100万分の1)という極小の機能的な分子装置を形成しているからである。このような無数の分子装置が、記憶装置、モーター、高感度センサーなどの機能を発揮している。生命体の内部では、このような極小の粒子や繊維が激しく変化しながら、全体として緻密な構造を形成していると考えられている。電子顕微鏡を用いれば、極めて高い分解能でこのような構造を見ることができるが、動的な側面を知ることができない。生物の作り出す構造を正確に計測するためには、生物を生きたまま観察できる光を用いた高分解能のイメージング技術が必須である。可視光を用いた蛍光顕微鏡によるイメージングは、医学・生命科学系研究で様々なブレークスルーをもたらした。蛍光顕微鏡では、観察したいタンパク質などを蛍光物質であらかじめ標識し、励起光を照射すると、暗い背景の中に蛍光だけが浮かび上がる。背景とのコントラストが高く、微量の分子でも観察可能なので、医学・生物学分野で特に利用価値の高い顕微鏡である。さらに、2008年のノーベル化学賞受賞となった緑色蛍1生物にはナノスケールの新しい記憶装置、モーター、センサーなどの技術革新への可能性があふれている。このように優れた技術を理解し、利用するためには、生物を生きたまま観察できる高分解能のイメージング技術が不可欠である。特に、複雑な生物の内部で目的の分子だけを観察できる蛍光顕微鏡は、最先端の生命科学に不可欠のツールである。近年、蛍光顕微鏡の最大の弱点であった分解能の制約は、超解像顕微鏡の開発により取り除かれ、ナノスケールの微細構造を直接観察できるようになった。その一方、分解能が向上したことによって、これまで軽視されてきた現実の生物試料と光学理論との乖かい離りが、多くの問題を顕在化させてきている。本稿では、複雑な生物試料において高分解能を得るための取組を紹介する。There is so much potential for mankind to innovate novel nanoscale memory devices, motors, and sensors if they learn from life. To understand and exploit the technology employed by life, bi-ologists must rely on high-resolution imaging technology. Fluorescence microscopy, in particular, is an indispensable tool for state-of-art life science, for its higher contrast with a minimum perturbation. Recent development of super-resolution microscopy has eliminated the theoretical resolution limit of light microscopy, and enabled observation of nanoscale structures in living organisms. While the resolution has been enhanced, many issues have also emerged from the previously ignored devia-tion from the ideal optics. Here we review our efforts to obtain high resolution images by fluorescence microscopy in complex biological samples.3-4 生物の知を光と計算で読み解く — 分解能の限界を超える顕微鏡技術3-4Deciphering the Wisdom of Life by Light and Computation — Microscopy beyond the Resolution Limit松田厚志MATSUDA Atsushi613 バイオシステムの知に学ぶ
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