まえがき現代では途上国にもスマートフォンが普及し、インターネットなどの情報ネットワークが扱う情報量が日々増え続けている。科学技術振興機構が作成したレポート[1]によると、2019年現在、情報通信関連が占める電力消費は、世界の電力消費の1.3%と試算されている。今後、動画などの大きなデータを気軽にやり取りすることが日常的になってくると予想されており、この傾向は2019年に発生した新型コロナウイルスの影響で更に加速するだろう。したがって、マイクロプロセッサの処理能力がいくら向上しても、それを上回る勢いで取り扱う情報量が増えていくと予想される。このままで行くと、例えば2050年には情報通信関連だけで世界の総エネルギー供給量を超えてしまうという予測もされている[1]。何らかの抜本的な対策が必要であることは明らかである。対案として、生体分子を用いて計算を行うなど、生物の省エネ戦略に学ぶ研究が盛んになってきている[2]–[6]。例えば DNAの遺伝暗号を用いて、巡回セールスマン問題などのように組合せ爆発を伴う計算を多数のDNA分子を用いた並列計算によって行わせるDNAコンピューティングは、2000年代に一時ブームになった。しかしその後、DNAが水溶液中で反応する柔らかいポリマーであり、ポリマーの量に限界があるため計算の規模に制限があることや、計算結果を人1現代では情報ネットワークが扱う情報量が日々増え続けており、情報通信関連が占める電力消費の問題が顕在化しつつある。対案として、生体分子を用いて計算を行うなど、生物の圧倒的に優れた省エネ戦略に学ぶ研究が盛んになってきているが、従来の生物学の分析的手法だけでは、生体材料を用いてどのような装置を設計・構築すればこのような情報処理を実現できるのかを明らかにすることは原理的に難しい。このような場合、リバースエンジニアリングのように、類似物を繰り返し作っては動かして観察するような構成的手法が効果的である。そこで本稿では、天然の生物分子モーターを改造してDNA結合能を人工的に付加した様々な分子モーターを構築する取組を簡単に紹介する。将来的にはこれを駆動部品として様々なトポロジーを持つサーキット上で動作させることにより、分子による新しいアーキテクチャを持つ計算機を提案したい。Today, the amount of information handled by communications technology continues to grow every day, and the problem of the energy consumption is becoming apparent. In response, a num-ber of recent studies have appeared focusing on superior energy-saving strategies of living organ-isms, including the development of biomolecular computers. However, conventional analytical methods of biology alone are not sufficient to unveil how to construct such devices from biomateri-als. Rather, it would be effective to build many analogues of naturally occurring biomachines and to see what happens, as in reverse engineering processes. Here, we briefly review our recent efforts focusing on the development of artificial DNA-binding motors. The motors were extensively engi-neered from a natural protein motor to add DNA-binding capability and thus to walk on DNA tracks with diverse topologies. Using such a motor as a driving element, we aim to propose a molecular computer with completely new architecture.2 バイオ材料の知に学ぶ2Learn from Intelligence in Biomolecule System2-1 タンパク質でできた分子モーターを創つくる・観みる・使う2-1Creating, Measuring, and Using Molecular Motors Made of Proteins指宿良太 古田 茜 古田健也IBUSUKI Ryota, FURUTA Akane, and FURUTA Ken’ya32 バイオ材料の知に学ぶ
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