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そこで私たちはまず初めに、生物分子モーターの一種、ダイニンの「エンジン」部分を用い、ダイニンが本来レールとしている微小管というフィラメントとの結合部位を、ダイニンとは無関係なアクチンフィラメントと結合するタンパク質モジュールに置き換えたものを作製した(図1、参考文献[12])。もし、従来考えられてきたようにレールとのインターフェースが本体部分の酵素活性と密接に共役する必要があるならば、全く無関係なアクチン結合部位に置き換えたときに簡単に運動能を失うであろうと予想された。ところが、予想に反して、この新規分子モーターはアクチンフィラメントを滑らかに一方向に動かすことができた。運動方向と構造との間の対応など、得られた知見を基に運動モデルを検討した結果、私たちは、これらのモーターが熱運動の嵐を乗り越えるためにフィラメントとの結合・解離機能と酵素活性などのタイミングを精密に合わせることで抑え込んでいるのではなく、むしろインターフェースの構造の非対称性に頼るだけ、という単純なメカニズムによって熱運動によるランダムな動きを一方向に整流することで運動を実現しているという可能性を提案した。これは、これまで生物分野によく見られた神秘的なメカニズムを排し、単にどのような物質をどのように配置すれば分子マシンとして機能するか、という本質的な設計原理にアクセスできる可能性を示している。2.2DNA上で一方向に物を輸送するモーターを創る上記のようなアクチンフィラメント上を動くダイニンモーターを創ることができたことにより、次のステップとして、より制御が容易で計算に適した生体材料であるDNAをレールとする新しい一方向性のリニアモーターを実現できる可能を検討した。もし、DNAをレールにすることができれば、人工的に合成可能で安定な材料を使用できるというメリットだけでなく、DNAの配列特異的な結合を利用することができる。これにより、近年急速に発展してきたDNAナノ構造体と言われる複雑な三次元構造[13]を使って自在にサーキットを組み、その上で動くモーターを設計できる。つまり、これが実現できれば、分子モーター自身が分子を動かすことによって、電気泳動などの人の手を介さずに、自律的に結果を出力することができるような機械が構成可能かもしれない。これは生物が日々行っている情報処理の方法を真ま似ねることに繋つながる。私たちは、2.1で述べたアクチンフィラメント上を結合するモーターと同様に、DNA結合タンパク質とダイニンモーターを用いて、新しいDNAベースのモーターを構築した。天然に存在するDNA結合タンパク質は非常にバラエティーに富み、それぞれのタンパク質は特異的なDNA配列に結合するという特徴を持っている。DNA結合タンパク質の場合、特定のDNA配列(A、G、C、Tの塩基の組合せ)の部分にだけ結合する性質を持っている。これは日常生活で使われている鍵に例えられる。鍵はそれぞれ固有の溝の形や番号で表される暗号を持っていて、この暗号が合わない鍵では開けることができないという「特異性」を持つことによりその機能を果たす。天然の生物分子モーターでも、タンパク質でできたレールの上に特異的に結合する性質を利用して動いていることを考えると、DNA結合タンパク質の特異的な結合をうまく使えば、DNAレール上を一方向に歩く新しいモーターが実現できるかもしれないと考えた。NCNCNC約13ナノメートル微小管結合部位微小管結合部位ダイニンストークゲルゾリンヴィンキュリンα-アクチニンアクチン結合部位ダイニンストーク図1 天然のタンパク質分子モーター・ダイニン(左)にアクチン結合部位を融合する方法の概略。参考文献[12]より改変。52-1 タンパク質でできた分子モーターを創つくる・観みる・使う

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