で形成したストリップで接続した構造で、この超伝導ストリップのTC付近での大きな抵抗変化を利用したボロメータである。図1にHEBMの概略図を示す。既に2 THz以上の周波数領域において、量子雑音限界の10倍を切るHEBMの低雑音受信機動作をいくつかの研究機関が報告しており[4]–[6]、NICTにおいても3.1THzにおいて量子雑音限界の約8倍である1200 K(DSB)の受信機雑音温度を報告している[7]。しかしHEBMの課題の一つとして、超伝導SISミキサと比較してIF帯域幅が狭いことが挙られている。IF帯域幅として20 GHz以上を確保できるSISミキサに対し、HEBMは3〜5 GHzが典型的な値である[8][9]。IF帯域幅は一度に観測できる情報量を意味し、その拡大は応用上メリットが大きい。HEBMにおけるIF帯域幅の拡大には、励起電子の効率的な冷却、すなわちミキサ緩和時間の短縮が重要である。HEBMはこの緩和時間を決定する冷却過程により、格子冷却型と拡散冷却型に大別される。前者は励起エネルギーを超伝導ストリップ内の格子を介して基板に放出するタイプで、今日の多くのHEBM研究報告は、この冷却過程を素子設計原理としている。格子冷却型におけるIF帯域幅拡大の指針は、超伝導ストリップのTCに依存する電子–フォノン相互作用時間と、ストリップ膜厚に依存するフォノンエスケープ時間の各々の短縮である。チャルマース工科大学のグループは、高TC材料である二ホウ化マグネシウム(MgB2)極薄膜を用いることで電子–フォノン相互作用時間の短縮を図り、11 GHzのIF帯域幅を報告している[10][11]。しかしMgB2材料は常伝導抵抗率が低く、極微細加工が困難、また高TC材料であることから、ミキサ動作に必要なLO電力が過大になりやすく、その低減が課題であると考えられる。またモスクワ州立教育大学のグループは、窒化ニオブ(NbN)超伝導ストリップと基板との音響整合改善によりフォノンエスケープ時間の短縮を図り、8 GHzのIF帯域幅を報告した[12]。しかしこのIF帯域幅は、NbN超伝導ストリップのTC付近(10.5 K)の動作温度で得られた結果であり、優れた低雑音特性を示す動作温度(約4 K)との差異が応用上の課題として残っている。一方、拡散冷却型は、超伝導ストリップ内の励起電子を直接熱浴である電極に拡散させる冷却過程で、電極間距離(超伝導ストリップ長)の短縮と電子拡散定数の大きい超伝導材料の採用により、IF帯域の広帯域化が実現できる。計算上は微細加工技術により限度なくIF広帯域化が図れるメリットから、当初、NbNに比べ電子拡散定数が大きいアルミニウム(Al)やニオブ(Nb)を使用した拡散冷却型HEBMの研究が多く成された[13]–[15]。しかし有効な素子インピーダンス確保において、Nb、Al材料などの低い抵抗率は、長さ幅共に0.1 μm程度の極微細な超伝導ストリップを要求し、結果として加工精度による素子特性の再現性や、極微細化による電気的強度の低下、低TC材料の使用による低いミキサ動作温度などの多くの問題が生じた。このような背景の下、当初我々は、格子冷却型HEBMの研究を開始した。エピタキシャルNbN極薄膜(膜厚3.5 nm)を用いたHEBMは、3.1 THzにおいて量子雑音限界の8倍程度の良好な低雑音温度を示したが、IF帯域幅は約3 GHzにとどまった[7]。この研究を通して、本来、格子冷却過程は超伝導ストリップ長に依存しないと考えられたが、実際には格子冷却型HEBMにおいても、超伝導ストリップ長の短縮はIF帯域拡大に有効であることが経験的に分かってきた。このことは格子冷却型HEBMの冷却過程に、拡散冷却が混在していることを示唆している。しかし、NbN超伝導ストリップの短縮による性能向上は0.2 μm程度までで、更なる超伝導ストリップ長の短縮は一概に性能向上につながらなかった。その原因として我々は、電極下部NbN薄膜の超伝導性の存在に着目、磁性材料を用いた新たなHEBM素子構造を考案した。磁性体により両電極下の超伝導性を抑圧し、超伝導性を金属電極間のみに限定することで、HEBMの極微小化を実現し、積極的な拡散冷却過程の活用によるIF帯域拡大と高感度化を実現できると考えた[16]。磁性体材料としてニッケル(Ni)を使用したため、新しいHEBM構造をNi-HEBMと呼んでいる。本稿では、Ni-HEBMの素子構造を説明し、実際に試作したNi-HEBMの特性評価結果を報告する。Ni-HEBM構造の提案と作製2.1Ni-HEBM構造の提案とNi膜によるNbN超伝導の抑制HEBMは、平面アンテナ等の給電点に相当する電極間に、長さ幅共に数百nmで膜厚が5 nm程度未満の微小超伝導ストリップを配置した構造である (図1)。このHEBMに電磁波を照射した場合、アンテナと結合した照射電力により超伝導ストリップ内の電子温度が上昇し、超伝導転移温度を越えた領域に常伝導領域(ホットスポット)が形成される。照射電磁波として信号源(Sig)と共に局部発振源(LO)を照射した場合、その差周波数(IF)成分のホットスポットサイズの変調が生じ、インピーダンス変化としてIF出力を獲得できる。HEBMの動作上限周波数は、その構造・寸法にのみ制限を受けると考えられ、数十THzの赤外光領域までのミキサ動作が可能である。通常ボロメータの微細化は、検出器の高感度化、IF220 情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.2 (2020)2 光制御・ナノICT基盤技術 —基盤から応用まで—
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