なる応用範囲の拡大を目指した研究開発に取り組んでいる。SSPDの更なる応用範囲の拡大には、応用に応じて様々な光波長に対応できる設計柔軟性に加えて、マルチモーファイバと高効率に結合するための受光面積の拡大や高速化も重要となる。SSPDは大面積化するほどナノワイヤが長くなり、インダクタンスLが増大するため、Lと負荷抵抗Rの比(L/R)で決まる不感時間(ある光子を検出してから次の光子を検出できる状態に回復するまでの時間)が長くなる。この受光面積と不感時間のトレーオフを解消するためには、マルチピクセル化が効果的であり、研究開発のトレンとなっている。マルチピクセルSSPDを実現するうえでの最大のボトルネックは信号の読み出しで、個々のピクセルからの信号をいかに室温環境に取り出すかが重要課題となる。様々な方式が提案されているが[12][13]、我々のプロジェクトではマルチピクセルSSPDと同一温度環境で動作する後段信号処理回路にSFQ回路を利用し、冷凍機への熱負荷の要因となる読み出しケーブル数を削減する手法を提案、実証実験で世界をリーしてきた[14]。本稿では、まずこのSFQ回路を用いた極低温信号処理技術について解説する。一方、SFQ回路は20 mKという超極低温で動作する超伝導量子ビットの制御・読出し回路としても注目されている。超伝導量子ビットは1ビットごとに周波数の異なるマイクロ波で制御する必要があり、現状はビット数と同じ数(若しくはそれ以上の数)の同軸ケーブルを用いて室温からマイクロ波制御信号を入力しているが、ビット数が増大すると超伝導量子ビットを20 mK以下の温度まで冷却するための希釈冷凍機に実装可能な配線数の限界を超えるのは避けられない。超伝導量子ビットの制御用に4 Kで動作するクライオCMOSの開発も行われているが[15]、4 Kと20 mKを接続するケーブル数は削減できないため、20 mKで動作する超伝導量子ビット制御エレクトロニクスの開発が切望されている。現状ではSFQ回路はニオブ(Nb)を超伝導電極とした集積回路プロセスを用いて作製されており、動作温度は4 Kが想定されているが、20 mKで動作させるには、消費電力を更に大幅に削減する必要があり、動作電流を削減できる回路技術として窒化ニオブ(NbN)が非常に有望である。本稿では、このNbNベースのSFQ回路作製プロセスについても、我々の最近の取組を紹介する。SFQ回路の動作原理超伝導の重要な性質として巨視的量子効果があり、巨視的(人間の肉眼で見える)スケールで電子の波としての性質を利用できる。例えば、超伝導体で電気回路的にループを構成した場合、そのループを周回する電子の位相は2πの整数倍となり、ループ内に入る磁束の量は離散値な値をとる。その最小単位を磁束量子と呼び、Φ0 = h/2e = 2.07×10–15 Wb (hはプランク定数、eは素電荷)という値を持つ。SFQ回路は超伝導ループ内に磁束量子の有無を2値信号の「1」、「0」に対応させる論理回路であり、東北大学の中島らにより提案され[16]、その後モスクワ大学のリカレフらにより1990年ごろに体系化された[17]。超伝導ループ内の磁束量子の有無を切り替える能動素子としてジョセフソン接合(Josephson junction: JJ)が用いられる。半導体トランジスタが電子の流れを制御するのに対して、JJでは電子の位相を制御する。JJは超伝導電極の間に数ナノメートル程度の障壁層を挟んだ構造を持ち、トンネル効果によりこの障壁層をゼロ電圧で電流(ジョセフソン電流)が流れる。一方、電流がある臨界値(Ic)を超えると、JJが電圧状態に遷移(スイッチ)し、JJの両端に2πの位相差が発生する。このJJを含む超伝導ループには、JJの電極間に発生した2πの位相差に相当する電流が流れ、磁束量子が超伝導ループに保持される。図1(a)にSFQ回路における信号伝送路の等価回路図、図1(b)にその顕微鏡写真を示す。これはジョセフソン接合を含む超伝導ループを数珠繋つなぎにして、電源を接続したもので、ジョセフソン伝送線路(Joseph-son transmission line: JTL)と呼ばれるSFQ回路の最も基本となる構成要素である。図1(a)において左端のJJがスイッチすると、その右側の超伝導ループに磁束量子が発生し、周回電流が流れる。電源から供給される直流のバイアス電流とこの周回電流の和が右隣のJJのIcを超えると電圧状態にスイッチし、更に右側の超伝導ループに磁束量子が発生する。以降、同じ動作を繰り返し、磁束量子は右方向にJTLを伝搬していく。JTLは磁束量子の伝搬という最も単純な動作であるが、超伝導ループとJJを組み合わせることで、複雑な論理演算も実現できる。JJがスイッチする際にはJJの両端に時間幅数ピコ秒(1兆分の1秒)、電圧レベルが半導体回路の1/1000以下である0.5 mV程度のインパルス状の電圧(SFQパルス)が発生する。このようなピコ秒オーダーの微小な電圧パルスが情報担体であるため、SFQ回路は極めて高速かつ低消費電力で動作する。また、マイクロストリップ線路と呼ばれるJJを含まない通常の超伝導配線でもSFQパルスの伝送は可能で、SFQパルスは光速に匹敵する速度でマイクロストリップ線路を伝搬する。このように、SFQ回路は、ゲートレベルでは半導体回路のようにあらゆる論理演算を高速かつ低消費電力で実現でき、ゲート間では光デバイスのように高速な信号伝送が可能であることから、半導体デバイスの機能性と光デバイスの高速性を238 情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.2 (2020)2 光制御・ナノICT基盤技術 —基盤から応用まで—
元のページ ../index.html#42