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窒化ニオブ系SFQ回路超伝導量子ビットは量子コンピュータを実現するハーウェアの最有力候補と目されており、昨年Googleが53量子ビットを集積化した超伝導回路で量子超越性を実証して話題となった。現在、100量子ビット程度を目標として研究開発が進められているが、いわゆる汎用型の量子コンピュータを実現するためには、更に2~3桁の集積規模の拡大が必要である。まえがきでも述べたとおり、超伝導量子ビットの規模拡大における最大のボトルネックは希釈冷凍機に実装できる配線数である。ビット数と同じかそれ以上の配線数が必要となるため、この配線数をいかに削減するかが重要課題となる。超伝導量子ビットを制御するためのマイクロ波パルスを超伝導量子ビットと同じ20 mKで生成できれば、配線数を大幅に削減することが可能となるため、既にいくつかの研究機関でSFQ回路を使用した超伝導量子ビットの制御が試みられている[28][29]。希釈冷凍機の20 mKにおける冷却能力は30 µW程度であるのに対して、現状の4 Kで動作するSFQ回路の消費電力は10,000個のJJから成る回路で1 mW程度であり、SFQ回路を20 mKで動作させるには大幅な消費電力の削減が必要である。しかし、20 mKでは4 Kに比べて熱雑音が1/200と小さいため、JJのICを4 Kの1/200(1 µA程度)としても原理的には動作する。SFQ回路の消費電力はおよそICに比例するため、20 mKにおける消費電力は10,000個のJJから成る回路でも5 µW程度と見積もられ、希釈冷凍機の冷却能力よりも十分小さい消費電力で動作することが見込まれる。問題はSFQを保持するための超伝導ループのインダクタンスLで、通常、SFQ回路ではLとICの積が磁束量子Φ0の半分となるように設計するため、20 mKでの動作には1 nH程度のLが必要となる。1nHのインダクタンスを超伝導材料としてNbを用いて実現するためには、2 µmの線幅で長さがおよそ2 mm必要となる。チップサイズが5 mm~20 mm角であることを考えると、たった一つの超伝導ループを作るのに2 mmもの長さが必要では、高密度な集積化を考えると絶望的である。多結晶のNbN薄膜を利用することで、Nbの1/10以下の線長で1 nHを実現でき、超伝導ナノワイヤで培った超薄膜の技術を使えば更にこの長さを短縮できる可能性があるため、NbN集積回路は20 mKで動作するSFQ回路を実現するための回路技術として非常に魅力的である。また、Nb/AlOx/Nb接合のAlOxはAlの自然酸化により形成されるが、1µAの低ICを実現するには、実用的とは言えない長時間の酸化時間を必要とするが、我々のプロジェクトで開発しているNbN/AlN/NbN接合ではAlNを反応性スパッタで形成するため、成膜時間の制御で容易に1µAの低ICを実現できる[30]。Nbの超伝導転移温度(TC)がおよそ9Kであるのに対して、窒化ニオブ(NbN)のTCは16 Kあるため、NbN集積回路技術により、20 mKでの動作だけでなく、現在主流のNb集積回路の動作温度である4 Kよりも高い10 Kで動作するSFQ回路を実現することもできる。10 Kで動作すれば、冷却効率(到達温度での冷却パワー/冷凍機への投入パワー)が4 K冷凍機よりも6倍程度優れた10 K冷凍機での冷却が可能である。高速性、低消費電力性に優れたSFQ回路ではあるが、冷却に必要な電力まで含めて半導体技術に対して優位性を打ち出すためには、冷凍機の冷却効率で有利な10 K動作は不可欠である。我々はNbN/AlN/NbN 3層膜から成るJJを用いたSFQ回路の開発を進めており、図6に示すように0.5 µmの位置分解能で集積回路を作製する技術を既に確立している。今後、この回路を10 Kで評価していくと同時に、20 mKで動作する回路設計、20 mKでの測定・評価環境を整備していく予定である。今後の展望SFQ回路は低消費電力性・高速応答性を持つという特長からポスト半導体のデバイスとして注目されこれまで研究が進められてきており、現在では実用化に向けた段階に入ってきている。NICTではSFQ信号処理回路を組み込んだマルチピクセルSSPDシステムの早期実用化及び超伝導量子ビットの極低温下での制御・読出し技術確立を目指して開発を進めている。本稿では紹介できなかったが、SSPDとSFQ回路を一つのチップ上に作製したモノリシックチップの開発も進めており、更なるSSPDシステムの高度化を図っている。4520 µm図6 作製したNbN SFQ回路の顕微鏡写真42   情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.2 (2020)2 光制御・ナノICT基盤技術  —基盤から応用まで—

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