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我々を取り巻く社会や経済状況は常に変動し、時として予想もつかない変化と、それに伴う大きな影響をもたらす。COVID-19の大流行と、それがもたらした社会生活への影響は計り知れない。COVID-19の問題はいまだに解決していないが、インターネットに代表されるICT技術が、この状況下で我々の社会活動と経済活動を辛うじて維持することに大きく貢献していることは疑いの余地がない。一方で、現在のICT技術はこういった状況下で必ずしも十分とは言えず、通信の容量、通信の柔軟性、通信の安定性、通信の安全性等に多くの課題があることを露呈した。こういった既存ICT技術の問題を解決し、常に大きな変化を続ける社会と経済に対応するためには、既存技術の延長線にあるICT技術だけでは不十分であり、全く新しい概念や科学を取り入れた、近未来のICT技術の研究と開発が必須となる。情報通信研究機構(NICT)の未来ICT研究所では、平成28年度から実施の第4期中長期計画において、未来の情報通信技術の基礎となる新概念の創出と新たな道筋を開拓するために情報通信基盤技術の研究開発を進めている。現行のICTシステムの延長線ではない先端的な技術の確立に向かって、革新的機能や原理の応用によって情報通信の性能と機能の向上を目指し、ナノICT、量子ICT、超高周波ICTの研究開発、そして生体機能の活用による情報通信パラダイムの創出を目指すバイオICTの分野において研究開発を進めている。こういった科学に根ざした基礎・基盤技術の研究・開発には時間がかかる。また実施したもの全てが上手くいく保証もない。しかし、時間と失敗を恐れない基礎・基盤技術の研究活動なしには、既存技術の延長線にない、全く新しい変革をもたらす技術を生み出すことは困難である。未来ICT研究所では、自由な発想と、世の中に革新をもたらす技術を生み出すという信念の下、研究を実施している。本特集号では、未来ICT研究所にて現在実施中の研究開発の中から、基礎・基盤研究とその社会展開技術を中心に、その成果の一部を報告する。量子ICT、バイオICT、テラヘルツICTなどについては、近々の研究報告等があるので、そちらもご参考いただきたい。 2では、―基盤から応用まで―と題し、光制御・ナノICT基盤技術を紹介する。ナノ機能集積プロジェクトでは、高い光制御機能を有する有機材料と高屈折率の無機材料を用いたナノ光構造を組み合わせることで、光制御素子の高機能化や集積化を目指している。素子の高機能化や材料レベルでの新機能発現のため、有機無機界面や構造を原子・分子レベルで制御する基盤技術の研究開発を行っている。また超伝導デバイスプロジェクトでは、超伝導材料を用いた新機能電子デバイスや回路技術に関する研究開発を実施し、より高速、より安全、より低消費エネルギーのICT技術創出を目指している。 3では、―素子から回路まで―と題し、超高周波ICT基盤技術を紹介する。超高周波ICT研究プロジェクトでは、将来の超高速大容量通信や工業・農業・医療分野など様々な分野で利用可能な無線技術を目的として、未開拓電磁波領域と呼ばれるテラヘルツ・ミリ波領域における超高速信号計測技術や、それを支える超高周波基盤技術に関する研究開発を進めている。テラヘルツ波の特徴としては、従来にない広い周波数帯域幅を用いることの可能性が挙られる。テラヘルツ波を発生する手法としてはフォトニクス技術の応用が先行していたが、近年、電子デバイスによる300 GHz帯の研究開発が活発化し、InP(インジウム・リン)系等の化合物半導体デバイス開発、シリコン CMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)集積回路によるRFフロントエンの開発等が実施されている。 4では、―基盤から社会展開まで―と題し、環境制御ICT基盤技術を紹介する。まずグリーンICTデバイス先端開発センターでは、酸化ガリウム(Ga2O3)トランジスタ、ダイオーの研究を進めている。現状のシリコン(Si)よりも更に高耐圧・低損失なパワーデバイスの実現が期待できるSiC, GaNといったワイギャップ半導体材料が注目され、日本はもとより米国、欧州といった諸外国においても活発に研究開発が進められている。酸化ガリウム(Ga2O3)は、約4.8 eVとその非常に大きなバン1 緒言1Introduction和田尚也WADA Naoya11 緒言

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