特性(図4)を見たときに、吸収の大きい周波数のピークの間にある程度吸収の小さい「大気の窓」があり、この帯域を有効に活用すれば数10 GHzから100 GHz近くの周波数帯域幅を一括して通信に利用できる可能性があることである。もう一つは、国際的な周波数割当ての法令において275 GHz以上は確定的な周波数分配がされておらず、今後の調整次第で広い帯域が無線通信で利用できる可能性があることである。シャノン–ハートレイの理論では通信路容量は帯域幅に比例することから、広帯域が利用可能であれば、その分高速の通信を実現することができる。また、周波数が高い方が広い周波数帯域幅に対して「比帯域」は小さくなり、部品技術等で広帯域への対応がしやすくなる面もある。例えば、同じ30 GHz幅の周波数帯を扱うとしても、60 GHz帯では比帯域が50%に達するのに対し、300 GHzでは10%に過ぎない。前述の大気の窓といえども、マイクロ波帯に比べると大気減衰は大きい。しかし、無線通信において近年注目されている60GHz帯は酸素による吸収が大きく12dB/km程度であるが、それに比べれば70GHzから450GHz程度までの大気の窓は減衰が少なく、300GHzで3.7dB/kmである。また、フリスの伝達公式では受信電力が周波数の二乗に反比例することから、高い周波数の電磁波は「伝搬損失が大きい」と単純に考えられがちであるが、同公式では受信電力が送信と受信のアンテナ利得に比例することも示されている。アンテナ利得は周波数の二乗に比例することから、アンテナ実効面積が同じであれば周波数が高いほうが伝搬損失は減少する。よって、一般的によく言われるテラヘルツ波のように高い周波数の電波は「伝搬損失が大きい」というのは一概には言えず、「アンテナと帯域の選択によっては遠くまで飛ばすことができる」というのが正しい理解である。例えば、300 GHzにおいて送信電力10 dBm、受信電力–30 dBmで伝送可能な送受信機を用い、送受とも同じ利得のアンテナを用いるとした場合、必要なアンテナ利得は通信距離100mで約42 dBi(理想的な円形開口半径で約20 mm、以下同様)、通信距離1 kmで約53 dBi(約71 mm)である。同様の条件で通信距離100 mの場合、60 GHzで必要なアンテナは約35 dBi(約45 mm)、30 GHzでは約31 dBi(約57 mm)であり、周波数が高いほどアンテナが小型になることが分かる。 前述のアンテナ利得の議論からも分かるとおり、テラヘルツ波はマイクロ波やミリ波に比べ指向性が強いと言える。これは利点とも考えられるし、取扱いに注意を要する点でもある。指向性が高いと、送受信機間での軸合わせや放射方向のスキャン機構を要する可能性があるが、他の通信システムへの空間的な干渉が小さくなり、送受信機の配置や多重方式において空間分離を活用できる利点があるとも言える。テラヘルツ波は性質が光に近づき見通し外への回り込みの性質は弱くなるため、見通し外への通信は困難となることにも注意を要する。また、集積回路や実装基板上でのテラヘルツ波の伝送については、伝送損失や寄生容量、寄生抵抗等の影響について正確なモデルが確立しておらず、集積回路チップから実装基板を経てアンテナへのテラヘルツ信号の引き回しや接続方法等について解決に向けて研究開発を要する。以上をまとめると、従来のマイクロ波等で一般的な電波を広く放射しシステム間の共存は周波数を狭帯域に分割して実現する考え方に対し、テラヘルツ波では見通し間で広帯域を用いた高速通信を空間的に分離して行うという考え方が有効である。また、テラヘルツ波が飛ばないという考えは必ずしも正しくなく、アンテナも含めたシステム設計によって様々な通信距離に対応できる可能性がある。テラヘルツ波無線通信の研究開発テラヘルツ波による無線伝送特性の検証は、電子デバイスに先行してフォトミキシング技術によって牽引されてきた(例えば、[5]–[8])。フォトミキシング技術では、ある周波数の差をもつ二つの光信号を混合してフォトダイオーに入力すると、光信号の周波数差に相当する周波数の電気信号が出力されることを利用する。データ信号による変調は光信号の段階で行われるため、高速の光変調器が利用可能である。一方、一般に主にコンシューマ用途に利用されている無線通信機器は、トランジスタ素子を中心とした電子回路を用いて高周波信号を電気信号として取り扱っている。これらは、トランジスタ等の能動素子の高性能化や微細集30.11101001000100001000001002003004005006007008009001000Atmospheric loss (dB/km) Frequency (GHz)allocatedunallocatedAtmosphericwindow275図4 電磁波の大気吸収特性と周波数割当ての状況(AMATERASU[4]提供の大気減衰値を基に作成)593-2 テラヘルツ無線通信基盤技術
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