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積化によって、低い周波数から高い周波数に向けて適用範囲を広てきた。数GHz程度のマイクロ波帯では電子デバイスによる小型高性能の無線通信装置が既に実用化されており、さらに数10GHzでも実用化に向けての研究開発が進んでいる。100 GHzを超える周波数帯については、先端的な研究開発において電子デバイスでの無線通信機器の実現が目指されているところである。以下、NICTが進めている電子デバイスによるミリ波・テラヘルツ波の無線通信技術の研究開発について述べる。3.1化合物半導体デバイスによる300 GHz無線通信技術電子デバイスでのテラヘルツ波通信の取組について、まず高周波特性で優れる化合物半導体デバイスによって実施した。2011年度から2015年度にかけて実施された総務省電波資源拡大のための研究開発[9]「超高周波搬送波による数十ギガビット無線伝送技術の研究開発」を、NTT、富士通、NICTの3者で受託し、世界に先駆けて能動電子デバイス(トランジスタ)を利用したテラヘルツ波無線通信技術の研究開発を本格的に開始した。半導体電子デバイスに用いる物質には様々な種類があるが、その中で一般的に高い周波数で最も優れた特性を持つのはInP(インジウム・リン)を基本物質として利用したデバイスである。この研究開発では、InP系半導体を用いた高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor: HEMT) の動作速度や雑音性能を改善して300 GHz帯での動作を可能とするとともに、これを集積して増幅器や変調器の半導体集積回路チップを作製する技術、さらに集積回路チップやアンテナその他の部品を組み合わせてモジュールとして一体化する技術など、テラヘルツ波を用いた無線通信を実現するための要素技術を開発した。前節で述べたように、テラヘルツ波を無線通信に用いる利点の一つとして、まだ割当てが決定されていない周波数帯において、一括して広い帯域幅を用いられる可能性があることが挙られるが、この研究開発では、変調方式としては単純な2値振幅変調(ASK: Ampli-tude Sift Keying)を用いながら20GHz以上の広い周波数帯域幅を用いることで、20Gb/s級の伝送速度を達成可能な送信機及び受信機を開発した[10]。特に、受信モジュールはアンテナを含め体積およそ1cm3程度と非常に小型である。また、送信機に用いた増幅器の最大出力電力は約10mWである。これら要素技術の有用性を実証するため、図5のようなタッチダウンローの実機実験[11]を実施した。300GHz帯送信モジュールを組み込んだ情報キオスク端末及びスマートフォンサイズの筐体に300 GHz帯受信モジュールを組み込んだ受信端末を作製し、これらを用いて物理速度20 Gb/s、誤り訂正処理も含めた実データ伝送速度として16 Gb/sを越える高速ダウンローを実証した。3.2シリコンCMOS集積回路による300 GHz無線通信技術総務省電波資源拡大のための研究開発では、前述の研究開発を拡充して2014年度から2018年度の5か年で、「テラヘルツ波デバイス基盤技術の研究開発」の一環としてシリコンCMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)集積回路を用いた300 GHz帯フロントエンの研究開発が実施され、パナソニック、広島大学、NICTの3者により受託した。一般に、コンピュータなどの情報機器に用いられるデジタル計算処理回路やメモリ回路は、何万、何億個といった非常に多くのトランジスタを数mm角のシリコン上に作り込む「シリコンCMOS集積回路」技術により作られている。テラヘルツ波を用いる超高速無線通信技術を広く普及させるには、無線通信用の回路もシリコンCMOS集積回路技術よって作り、他のデジタル計算処理やメモリ回路と集積・一体化することが望まれる。しかし、シリコンCMOSトランジスタの最大発振周波数(電力増幅率が1となる周波数、fmax)は現状280 GHz程度であり、300 GHz帯の無線通信搬送波の周波数に達していない。一般的に、fmaxより高い帯域では信号増幅ができないことから、シリコンCMOS集積回路では300 GHz帯無線通信システムにおいて信号を増幅する回路である増幅器が設計できない。我々は、広島大学 藤島研究室とパナソニック株式会社と共同でこの問題に取り組み、300 GHz帯で動作するシリコンCMOS無線送受信機を開発した[12][13]。無線受信機は、無線周波数(RF、ここでは300 GHz帯)の電波搬送波を受け取り、情報の復元処理に適した低い周波数に変換している。無線受信信号は微弱であり、信号が小さいままだと雑音に埋もれてしまうため、初めに大きく増幅する必要がある。そのため、一般的な無線受信機では図6(a)に示すように最初に信号を増幅する構成が採用されるが、シリコンCMOS技術では電波透過窓送信機筐体(キオスク端末)受信端末(スマートフォン⼤)図5 タッチダウンロード実機実験60   情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.2 (2020)3 超高周波ICT基盤技術  —素子から回路まで—

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