fmaxの問題により300 GHz帯のRF信号を増幅することができない。そこで我々の手法では、図6(b)のように最初に周波数変換器(ミキサ)を配置する構成を採用した。このミキサはRF信号とその周波数に近い局部発振器(LO)信号を混合して、数GHzの信号に周波数変換している。信号を雑音に埋もれないようにするためには、初段ミキサの雑音指数を下るとともに、変換利得を可能な限り高くする必要があり、300 GHz帯で高い出力のLO信号が必要になる。今回のミキサでは、高出力のLO信号を生成できる逓倍回路を開発することで、高い変換利得の受信機を実現した。この際、従来の一般的な逓倍回路では変換特性の歪ゆがみにより信号の線形性が損なわれてしまうが、この研究では信号の線形性を保ったまま周波数を変換する独自の回路が提案され、前述の2値ASKより一度に多くの情報を送ることが可能な多値直交振幅変調(QAM: Quadrature Amplitude Modulation)を用いることが可能となり、高い伝送速度が達成されている。図6(c)の集積回路は、基準線幅40 nmのシリコンCMOSプロセスで製造されており、50 GHz程度の搬送波(LO)と105 Gb/s相当の多値変調データ信号を含んだ中間周波数(IF)信号を入力することにより、内部で信号処理が行われ300 GHzの無線周波数(RF)信号が出力されるものである。図6(d)に得られた変換利得と雑音指数の特性を示す。シリコンCMOSは、デジタル演算回路等で培われた高い集積化が可能であるため、複雑な変調回路や処理の並列化が得意であり、図6(c)の集積回路写真で窺えるように、それらの特長が生かされている。また同時に開発した300 GHz帯シリコンCMOS送信機[14][15]と組み合わせて無線通信実験を行い、図6(e)に示すように多値変調方式で32 Gb/sの高速無線通信を実証した。開発したシリコンCMOS送受信機における300GHz帯の信号は、回路の最終段で100 ~ 150 GHzの中間周波数(IF)の信号を高い周波数に変換(逓倍)することで生成している。シリコンCMOSは300 GHz帯の信号を増幅することができないため、IF帯で高い出力、広帯域・高利得の増幅器が必要になる。増幅器はトランジスタにより構成されるが、1つのトランジスタでは利得と帯域に限界があり、増幅器を多段に縦続接続することにより広帯域化・高利得化が図られる。ただ、縦続接続の各段間では出力と入力のインピーダンスが異なるため、信号の反射や損失を抑えて伝送をスムーズに行うための整合回路が必要になる。従来技術では、この整合回路の面積が肥大化してしまい、開発や製造コストが急激に高くなるが、この問題を解決するために、整合回路を最小寸法まで小型化する回路レイアウト技術を開発した。この技術により増幅器の小型化とともに、高い利得性能と広い帯域を実現できた(図7)。高速無線通信を実証したシリコンCMOS無線送受信機は、この技術とともに、逓倍器ミキサ、電力分配器・結合器など新たに開発した多数の回路要素技術を応用することで実現している。さらに近年、広島大学、パナソニックと共同で、シリコンCMOS集積回路により300GHz帯を用いて80Gb/sのデータ伝送を可能にするワンチップトランシーバの開発に世界で初めて成功した(図8)[16]–[18]。従前は送信と受信が別々のシリコンチップになってい図6(a)一般的な無線受信機と(b)開発した300 GHzシリコンCMOS無線受信機の構成、(c)チップ写真と(d)その性能特性、(e)無線通信実験におけるコンスタレーション613-2 テラヘルツ無線通信基盤技術
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