スは、その非常に大きなバンギャップに基づく物性から、通常のSiデバイスはもとより、SiC, GaNデバイスをも大きく上回るデバイス性能(高効率、低損失化)を達成し得るポテンシャルを有する。また現在、極限環境と呼ばれる高温、多湿、腐食性ガス雰囲気、放射線下などの過酷な環境において利用可能な半導体デバイス、回路が強く求められている。それら応用分野は現状まだニッチ市場ではあるが、社会的重要性の観点から注目を集めている。Ga2O3は、その非常に大きなバンギャップに伴う材料的適性及び化学的に安定な結晶構造から、極限環境エレクトロニクスという新しい分野を切り拓く半導体材料として期待される。以上のような社会的情勢も踏まえて、未来ICT研究所グリーンICTデバイス先端開発センターでは、パワースイッチング、極限環境無線通信という二つの領域での実用を目指したGa2O3トランジスタ、ダイオーの研究開発を、外部機関(大学、企業)との緊密な連携の下に推進している。現在、Ga2O3パワーデバイス研究開発は、多くの基盤技術は確立され、企業への技術移転、そして移転した技術を基に各企業での製品化、実用化に向けたデバイス本格開発に移ろうとする段階にある。一方、Ga2O3極限環境デバイスに関しては、その実用の可能性を探るため、基本的なデバイス構造を作製し、そのデバイス特性から実用領域自体も含めて検討するという探索的研究開発フェーズにある。Ga2O3の材料特性、特徴2.1Ga2O3の物性Ga2O3は、III族酸化物半導体の一種で、結晶多形で知られている。現在までに6種類の結晶相が確認されており、それぞれギリシャ文字α, β, γ, δ, ε, κを用いて分類される[3]–[5]。最安定結晶相はβ-Ga2O3であり、これまでグリーンICTデバイス先端開発センターにおけるGa2O3デバイス研究開発はβ-Ga2O3に特化している。ちなみに、β以外の結晶相は準安定構造であり、主に異種材料基板上の低温ヘテロエピタキシャル成長で得られる。上述のように、β-Ga2O3のバンギャップエネルギーについては、SiC, GaNの3.3~3.4 eVを大きく上回る4.5 eVである[2]。この非常に大きなバンギャップから、デバイス耐圧を決める物性パラメーターである絶縁破壊電界に関して、β-Ga2O3はSiC, GaNと比較して2倍以上大きな値を有すると見積もられる。その結果、パワーデバイス用途半導体としての材料的資質を比較するために最もよく用いられる指標であるバリガ性能指数 (Baliga’s figure of merit)[6][7] が、β-Ga2O3の場合SiC, GaNの数倍大きな値となる(表1)。この優れたバリガ性能指数を主な判断材料として、パワーデバイス応用に向けたGa2O3の高い材料的ポテンシャルに期待が集まっている。また、バンギャップが大きい材料を用いた電子デバイスは、原理的に高温動作が可能になるとともに、総じて放射線耐性も高い特徴がある。2.2Ga2O3 単結晶バルク融液成長技術最安定相であるβ-Ga2O3は、Siなどと同様に、融液成長により単結晶バルクを育成可能である。このことが、同様の融液成長が不可能なSiC, GaNに対するアバンテージとなる。原理的に、チョクラルスキー、フローティングゾーン、ブリッジマン法などの代表的な融液成長法が、β-Ga2O3バルク育成に利用可能である[8]–[10]。かつて我々が共同研究を行っていた(株)タムラ製作所のメンバーが、カーブアウトしてベンチャー企業(株)ノベルクリスタルテクノロジーを設立した(2015年6月)[11]。なお、NICTとの共同研究で得た成果を基にした起業であるため、ノベルクリスタルテクノロジーは「NICT技術移転ベンチャー」とも定義されている。ノベルクリスタルテクノロジーは、Ga2O3バルク製造に融液成長法の一種である縁部限定薄膜供給成長法 (Edge defined film-fed growth: EFG) を採用し[12]、現在β-Ga2O3単結晶バルク、エピタキシャルウェハーを商業ベースで製造、販売している。その世界的シェアは、少なく見積もっても80%以上と非常に大きい。単結晶Ga2O3ウェハーは、転位密度が104cm–2以下と非常に低いことに代表されるように、既にデバイス開発を遂行するうえで十分に高品質なものが得られている。また、研究開発レベルでは、最大6インチ径ウェハーの製造にも成功している。このように、低コストかつ大口径ウェハーの量産が見込める点が、産業化を考えた場合重要なGa2O3の強みとなる。Ga2O3パワーデバイス開発3.1Ga2O3トランジスタ開発パワーデバイスとしてのトランジスタは、電力のオン、オフ制御のためのスイッチとして用いられる。トランジスタには縦型、横型があるが、高電圧、大電流、23表1 パワーデバイスに用いられる主要な半導体とβ-Ga2O3の物性比較Si4H-SiCGaNβ-Ga2O3バンギャップ (eV)1.13.33.44.5電子移動度 (cm2/V·s)1,4001,0001,200200絶縁破壊電界 (MV/cm)0.32.53.3>7比誘電率11.89.79.010~12バリガ性能指数1340870>1,50068 情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.2 (2020)4 環境制御ICT基盤技術 —基盤から社会展開まで—
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