ポリマー光変調器の動作原理は、物質に電場を印加した際に屈折率が変化する電気光学効果であり、光変調器以外にも光フェーズアレイ(OPA : Optical Phased Array)やテラヘルツ波の発生・検出など様々な応用が期待できる。中でも位相変調器をアレイ化したOPAは、光偏向デバイスとして自動運転や3Dカメラへの実現に必要なLiDAR(Light Detection and Ranging)の小型・高速・軽量化への応用が期待されている。本稿では、デバイスの長期安定性とデバイス作製プロセスに自由度をもたらす耐熱性の高いEOポリマー材料や光インターコネクトで使われるOバン(波長1.3 µm帯)で性能指数が高いEOポリマー材料、高速OPA、光インターコネクト用Si/EOポリマー小型高効率光変調器の開発状況について解説する。EOポリマーの高性能化2.1耐熱性の向上ポリマーのEO効果はEO分子の超分極率に比例する。我々は、EO分子のアミノベンゼンナー部メタ位にアルキルオキシ基を置換することでπ共役骨格を安定化し、高いEO効果を得られることを示した[1][2]。このEO分子をメチルメタクリレート(MMA)ポリマーに側鎖として結合したサイチェーンEOポリマーでは、100 pm/Vを超える高いEO係数が得られた。EOポリマーは、ガラス転移温度(Tg)において電場配向処理(ポーリング)することでEO効果を発現することから、Tgが低いと短期間で配向が緩和しEO効果が低下するため、実用化のためには高Tg化が不可欠である。我々は、MMAのメチル基を環状アルキル基で置換したメタクリル酸誘導体を用い、EO分子を架橋剤としてポリマー鎖をクロスリンクすることで最大で206℃のTgを実現し、105℃の高温環境下でもほとんど配向緩和しない高い熱安定性を得ることに成功した(図1)[3]。EOポリマーの熱安定性が高くなったことで、デバイスの長期安定性が向上しただけでなく、デバイス作製プロセスの自由度が高くなり、これまで実現困難であったデバイスの作製が可能になった。従来のEOポリマーデバイス作製では、熱処理により配向が緩和するため、ポーリングはデバイス構造作製工程の最後に行うことが常識であった。しかし、光フェーズアレイのように多数のデバイスを同時にポーリングする場合には、一箇所でも絶縁が弱いところがあるとそこで短絡してしまい、ポーリングができなくなってしまう。また、高Tg-EOポリマーを使用する際に、従来のクラッ材料では高温でのポーリングに耐えられないなどの問題も生じた。そこで、加工工程の熱処理は105℃以下とすることが可能であることから、高Tg-EOポリマーを使用すれば、EOポリマーの成膜直後にポーリングしても、その後の加工で配向緩和しない。すなわち、加工前に大面積で均一なポーリングを行うことで、多数アレイから成る光フェーズアレイの作製が可能になる。また、光変調器においては、導波路のクラッ材料の導電率を高めないと電場配向ができないためクラッ材料が有機シリカなどに限定される問題があった。しかし、高Tg-EOポリマーを使用すれば、EOポリマー膜をポーリング後に別基板に加熱転写することが可能になり、2-1-2のテラヘルツデバイスの作製や2-1-3のシュタルク効果テラヘルツ検出素子作製の実現へ導いた。2.2Oバンド用の高効率化中短距離通信用の光インターコネクトでは、光ファイバ分散が極めて小さく、広く普及しているOバン(波長1.3 µm帯)が今後主流になる。しかし、これまでのEOポリマーの開発は、長距離通信用のCバン(波長1.55 µm帯)での使用を前提としていたため、大きなEO効果を示すEOポリマーはOバンでは吸収係数が大きく使用に適さない。そこで我々は、Oバンで吸収係数が小さくかつEO係数が大きいEOポリマーの開発に取り組み、性能指数で従来のEOポリマーを上回る高性能のOバン用EOポリマーを開発に成功した。開発したOバン用EOポリマーと従来のCバン用EOポリマーの性能指数の比較を図2に示す。EOポリマーの性能指数は、光変調器の性能指数であるVL 、VLoss を反映してそれぞれn3r 、n3r と定義した。V は、位相を 変えるのに必要な電圧(半波長電圧)、L は電極の長さ、Loss は導波路伝搬損失である。また、n はEOポリマーの屈折率、r は電気光学係数、 は波長、 は吸収係数である。いずれの性能指数においても従来のCバン用EOポリマーのCバンでの性能指数を上回っており、Oバン2図1 高Tg-EOポリマーの長期安定性4 情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.2 (2020)2 光制御・ナノICT基盤技術 —基盤から応用まで—
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