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能な医療用光源として期待が高い。以上のように、情報通信から医療にかけて幅広い分野で重要な役割を果たすことが期待される深紫外光であるが、その光源として用いられてきたのが水銀ランプやエキシマレーザーなどのガス光源であった。しかし、ガス光源はガス種によって波長が固定化し、寿命も短く、さらにサイズや消費電力も大きいことが深紫外光の社会への普及の妨となる要因であった。加えて、2013年に「水銀に関する水俣条約」が採択され、2020年までに水銀含有製品の製造、輸出、輸入が原則禁止されることになり、水銀ランプの代替光源の開発が強く求められている状況にある。その代替光源として最も有力なのが深紫外発光ダイオー(DUV-LED)である。しかしながら、その発光効率は低く実用上の妨となってきた。DUV-LEDの高効率化を阻む最大の要因は極めて低い光取り出し効率にあるが、その研究開発の詳細[3]–[5]に関する紹介は稿を改めることにし、本稿では発生した深紫外光の制御を行う深紫外光学素子について紹介する。現在のところ、深紫外光用の光学素子としては光学結晶を用いたプリズム型素子とワイヤーグリッなどの微細構造を用いたフィルム型素子が存在する。プリズム型素子は高性能かつ高機能であるが、高コストであるとともに小型化及び集積化が難しい。フィルム型は集積化が可能であり、ナノインプリントなどの一括大面積化が可能な技術で微細構造が作製できるため高いコスト競争力を持つが、現在のところ、プリズム型光学素子を凌りょう駕がする性能を獲得するに至っていない。プリズム型の高性能とフィルム型の小型化、集積性、そしてコスト競争力を持つ光学素子を開発することは極めて大きなインパクトがある。そのような極薄かつ高性能な光学素子を実現する研究として近年注目されているのが、メタ表面(meta-surface)と呼ばれるメタマテリアルである。メタマテリアルとは、自然には存在しない電磁応答を示すサブ波長構造のことである[6]。自然には存在しない電磁応答とは、例えば光領域における磁気応答[7]、電磁クローキング[8]、負の屈折率[9]、超高屈折率[10][11]、ゼロ屈折率[12][13]、そして完全レンズ[14]などを指す。これらの特異な電磁応答は、実効誘電率と実効透磁率を独立に制御することによって実現できる。メタマテリアル研究の黎れい明めい期においては、そのような実効物質パラメータを制御することに力点が置かれ、特に金属損失を抑制することは大きな研究テーマの一つであった[15][16]。これらの研究をベースにして、フラット光学(flat optics)と呼ばれる研究が注目を集めるようになった[17]。フラット光学では、メタ表面と呼ばれるサブ波長程度の厚みを持つ表面で電磁波を制御する。メタ表面は典型的には電磁波の波面を制御するサブ波長アンテナから構成される。メタ表面における電磁応答を記述するには、メタ表面による位相変化を取り入れることによって屈折の法則を一般化したりするなどする。この結果、光の屈折はより一般化されたスキームで記述できる[18][19]。このようなスキームの下、レンズによる集光などの基本的光学操作をサブ波長領域で実現できるようになっている[20][21]。メタ表面では様々な光学現象が制御可能であり発光や蛍光などの電子状態に起因する現象[22]–[25]から既存の波長板などの光学素子で行われてきた偏光状態の制御[26]–[30]に至るまで幅広い。そのようなメタ表面光学素子の中で、既存の偏光子をメタ表面で置き換えようという試みがある。メタ表面偏光子にはいくつかの種類があるが[31]、金属材料から成る積層型相補構造を有するメタ表面がユニークな動作原理を持つ[32]。相補的構造の基本的電磁応答を記述するのがバビネ(Babinet)の原理[33][34]である。バビネの原理は次のようにまとめられる。図1のように無限に薄い、完全導体から成るスクリーン(a)とそれに相補的なスクリーン(b)を考える。それらに互いに直交する偏光を持つ光が入射した場合(⃗()⃗(),⃗()⃗/ )(1)それらのスクリーンにより散乱される電磁場は⃗⃗()⃗,⃗⃗()⃗/ (2)で関係付けられる。ここで、 は真空中の光速であり、下付き添字cはcomplementary(相補的)を示し、添字がない電磁場は元のスクリーンによる散乱電磁場を示す。この原理を用いると相補的構造のうち、片側の問題が解ければもう片方の問題も解ける。バビネの原理は完全導体かつ無限に薄いスクリーンに対して厳密に成り立つが、通信波長帯の貴金属でも近似的に成り立つことが知られている。しかし、可視光領域のような光損失が大きい波長域では成り立たなくなる。バビネの原理が近似的に成り立つ波長域を仮定し、不透明な相補的金属構造を積層させることを考える。こ(a)(b)00,Scattered fields,Scattered fields00図1 (a)不透明なスクリーンと(b)相補スクリーンの模式図84   情報通信研究機構研究報告 Vol.66 No.2 (2020)4 環境制御ICT基盤技術  —基盤から社会展開まで—

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