断熱不変量は、定義される時間スケールより短い時間でのじょう乱を受けることで壊れる(変化する)。これは電子が受ける「散乱」を意味する。散乱によって高エネルギー電子の数が増えることを放射線帯電子の「加速」もしくは「増加」といい、放射線帯電子の数が減ることを「消失」という。2.4高エネルギー電子の散乱要因放射線帯電子の散乱要因の一つに動径方向拡散がある。これは全球的な電磁場変動である地磁気脈動によって引き起こされる。数百秒程度のゆっくりとした変動周期を持っているため、第1及び第2断熱不変量は保存される。一方で第3断熱不変量は壊れ、動径方向への散乱が起き、L値が変化する。動径方向拡散により内側へ移動する電子は加速、外側へ移動する電子は減速される。これは背景磁場強度が増加/減少する(内側/外側への移動)と、第1断熱不変量保存の下で運動量が増加/減少するためである(ベータトロン加速)。図3に見られるように、L値が4〜5付近で放射線帯電子フラックスのピークが現れるのは電子が外側から輸送されることによるベータトロン加速が原因の1つを担っていると考えられる。一方で、外側へ移動した電子はエネルギーを減らしていくと同時に、磁気圏の境界面を横切って磁気圏外へ流出することがある(磁気圏境界面消失)。このプロセスも放射線帯電子減少の原因を担っている。放射線帯電子の磁気圏外への流出は近年のMMS衛星観測によって示唆されており[6]、更に遠く月軌道にまで流出している可能性を示唆する観測結果も過去に報告されている[7][8]。周期数百秒程度の地磁気脈動による散乱に加え、局所的に発生する数kHz程度の電磁波によっても電子は散乱される。磁気圏が荒れた際に起こる非線形的な物理過程を介して、ホイッスラー波と呼ばれる数kHz程度の周波数を持つ電磁波が発生することが知られている。この電磁波は磁力線上をバウンス運動している電子に作用し、共鳴条件 (9)を充たすと、ホイッスラー波と電子の間で効率的なエネルギーのやりとりが行われる。ここでω、kは電磁波の角周波数と波数を示し、v、Ωe、γは電子の速度、サイクロトロン角周波数、ローレンツガンマを示す。これにより放射線帯電子の第1から第3までのすべての不変量が壊れ、加速や減速が生じる。また、位相捕捉と呼ばれる非線形散乱が起こると、数秒の間に光速近くにまで達する電子を生成することがこれまでの研究で分かってきた(e.g. [9][10])。この加速機構は動径方向拡散と同様、放射線帯電子フラックスを増加させる主要因と考えられている。一方でホイッスラー波は放射線帯電子の消失にも関わっている。上記の共鳴プロセスを経てバウンス運動の反射点が地球大気高度にまで降下すると、電子は地球大気と衝突することでエネルギーを失い、磁気圏に戻ることができなくなり「消失」する。本研究では、磁気圏に閉じ込められた電子一つひとつの軌道を「テスト粒子手法」を用いて追跡し、宇宙空間中の電子フラックスを推定する。以下より、テスト粒子手法による電子放射線帯シミュレーション手法について紹介する。電子放射線帯予測モデルの概要3.1テスト粒子モデル磁気圏内で発生するプラズマ物理過程をすべてコンピュータシミュレーションで再現するためには膨大な計算コストが必要となる。放射線帯電子に作用する物理過程は、数十km程度の空間スケールで発生するものから数万kmの空間スケールの広がりを持つものがある。時間スケールに至っては1ミリ秒以下から数時間から数日以上を有する物理現象が放射線帯電子に作用する。このため、現実的な計算コストで宇宙天気予報を実現するためには、適切な近似を含めた数値モデルが求められる。放射線帯電子の振る舞いを記述するための近似方法の一つとしてテスト粒子手法がある。これは与えられた電磁場中での荷電粒子の運動方程式を用いて追跡する。プラズマ中の電磁場は、Maxwell方程式 (10) (11)によって記述される。この電磁場中を運動する荷電粒子は、運動方程式 (12)に従って運動を行う。ここでB、E、J、はそれぞれ磁束密度、電場、電流ベクトルを示し、pは荷電粒子の運動量ベクトル、vは速度ベクトルを表す。q、εo、µo、はそれぞれ荷電粒子の電荷量、真空の誘電率及び透磁率を表す。自己無撞着な系であれば、荷電粒子の運動量変化が、電流密度 ∑ (13)の変化を介して電磁場変化へフィードバックされる。ここでiは粒子種、nは粒子密度を示す。この電流密度によるフィードバックを無視するのがテスト粒子手3108 情報通信研究機構研究報告 Vol.67 No.1 (2021)3 磁気圏研究
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