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静止軌道における宇宙環境変動とその影響地球周辺の宇宙空間には、地球磁場と太陽風との相互作用によって地球磁気圏と呼ばれる領域が形成されている。太陽活動によって大きく変動する太陽風との相互作用によって、地球磁気圏内ではサブストームや地磁気嵐と呼ばれるじょう乱現象が発生し、地球周辺の宇宙環境は大きく変化する[2]。この宇宙環境変動は、人工衛星や地上インフラに対して影響を与え得る[3]。また、太陽フレア爆発やコロナ質量放出現象に伴う惑星間空間衝撃波によって生成される10 MeV以上の高エネルギー陽子(太陽プロトン現象)、地球磁気圏外部から到来する様々な高エネルギー粒子(銀河宇宙線など)も、地球周辺の宇宙環境を変動させ、人工衛星や地上インフラに影響を及ぼす要因である。ここでは、静止軌道における宇宙環境変動とそれが人工衛星に与える影響について述べる。人工衛星に搭載されるCPUやメモリ等の半導体素子は、外部からの高エネルギー陽子、重イオン等の入射によって、ビットエラーや誤動作、時には永久故障を引き起こすことがある。これをシングルイベント効果(Single Event Effect: SEE)と呼んでいる。地表や低軌道衛星においては、極域や南大西洋異常帯(South Atlantic Anomaly: SAA)と呼ばれる局所的に磁場強度が弱い領域を除いて地球の強い磁場がこれらの粒子の侵入を防いでいるため、SEEの影響は限定的であるが、静止軌道の磁場強度は地表の300分の1程度であるため、太陽プロトン現象や銀河宇宙線の影響を受けやすい。宇宙空間では、人工衛星周辺のプラズマから衛星表面への電子やイオンの流入出や、太陽光の影響による光電子の放出等によって、衛星表面に電位が形成される。これを表面帯電と呼んでいる。表面帯電は、数keV~数百keV程度のプラズマによって引き起こされる。衛星表面の電位は材質に依存するため、異なる材質間の電位差が閾しき値いちを超える場合には、放電が起こり、衛星の不具合・障害の原因となる[4]。数keV~数百keVのプラズマの変動をもたらす磁気圏内のじょう乱現象としてサブストームがある。サブストームの際には、極域電離圏において真夜中付近のオーロラが突然爆発的に明るくなり、経度・緯度方向に拡大・発達していく様子が観測される。この時地球磁気圏では、磁気圏尾部から地球半径の10倍よりも内側の領域にプラズマが注入され、プラズマの圧力が増大することが観測やシミュレーションによって示されている。静止軌道ではサブストームに伴う数keV~数百keVのプラズマ粒子の増大によってプラズマの温度、密度変動が急激に変化し、これが表面帯電・放電を引き起こすと考えられている。一方、数百keV以上の高エネルギー電子は、衛星の構体を貫通して衛星内部に侵入し、ケーブルや基板上の絶縁体を帯電・放電させると考えられている[5]。これを深部帯電と呼んでいる。静止軌道は、数百 keV~数MeVの高エネルギー電子が磁力線によって捕捉されている放射線帯外帯の外縁部に位置している。放射線帯外帯は太陽風変動によって駆動される地磁気嵐に伴い、高エネルギー電子のフラックスがダイナミックに変動することが知られている。地磁気嵐の後に静止軌道の高エネルギー電子フラックスが高い状態が数日間にわたって継続することがあり、このような状況下で発生する人工衛星の不具合・故障は、深部帯電が原因であると考えられている。静止気象衛星による宇宙環境計測とその利用             前述のとおり、静止軌道は宇宙環境変動に伴う衛星障害のリスクが高いため、衛星及び搭載機器の運用・維持・管理のためのハウスキーピング情報として機器の温度等とともに衛星周囲の宇宙環境を計測している衛星も少なくない。我が国では、1977年に気象庁が気象衛星ひまわり(Geostationary Meteorological Satellite: GMS)を打上げ、日本上空での気象観測を開始した。GMSには衛星のハウスキーピングや故障解析を目的とした宇宙環境計測装置(Space Environment Monitor: SEM)が搭載され、高エネルギー電子・陽子等を計測していた[6]。GMSシリーズは5号機まで打ち上げられたが、そのうち4号機まではSEMが搭載されていた。当時、電波研究所(現、NICT)平磯支所では、電波予報・警報業務を実施しており、プロトン現象や放射線帯電子フラックスの状況の参考情報として、気象庁気象衛星センターから電波研平磯支所へ毎日、前日1日分のSEMデータ(2分平均値のプロット図)がファクシミリで送付されていた[6]。1988年度からは、通信総合研究所(現、NICT)において「宇宙天気予報システムの研究開発」が始まり[7]、電波予報・警報は宇宙環境予報へと発展的に移行している。通信総合研究所平磯宇宙環境センターで実施していた宇宙環境予報業務においても、米国海洋大気局(National Oceanographic and Atmospheric Administration: NOAA)の静止気象衛星(Geostationary Operational Environmental Satellites: GOES)のX線強度データや高エネルギー粒子データと併せて、SEMデータは活用されてきた[8]。SEMのデジタルデータの利活用のために、1991年に電話回線を用いたデータ伝送システムが開発・導入され[9]、23116   情報通信研究機構研究報告 Vol.67 No.1 (2021)3 磁気圏研究

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