HTML5 Webook
164/238

いうことが同時に示されたということでもある。このように、宇宙放射線による航空機乗務員の被ばく線量の増加という問題は、近年、航空業界で重要な問題として活発に議論されている。2011年頃から、国際連合の専門機関である国際民間航空機関(International Civil Aviation Organization: ICAO)において、航空機運航に際して宇宙天気情報を必須の情報として利用することが検討され始めた。数年間の議論を経て、2018年、国際民間航空条約第3附属書「国際航空のための気象業務」の第78次改訂が行われ、宇宙天気情報の利用が盛り込まれた[6]。ICAOでは、主に次の3つの観点から民間航空機の運航に際し宇宙天気情報の重要性が認識されている。第1に航空機と地上管制との短波通信障害の回避、第2に電子航法に関連した衛星測位誤差増大の影響の防止、そして第3に航空機乗務員の宇宙放射線被ばくの低減である。これを受けて、2019年11月7日、世界気象機関の査察を経てICAOから指名された機関(以後、ICAO宇宙天気センターと呼ぶ)による、民間航空機の運航に特化した宇宙天気情報の配信が開始された。ICAO宇宙天気センターでは、宇宙天気情報として宇宙放射線被ばくに関する情報を提供することが決められている。この宇宙放射線被ばくに関する情報は、航空機が飛行する高度範囲(25,000–60,000 ft)において、宇宙放射線による被ばく線量率が特定のしきい値を超えた場合に、Advisoryと呼ばれるMODERATE(25,000–46,000 ftで30μSv/h以上)もしくはSEVERE(25,000–60,000ftで80μSv/h以上)のアラートを発出するというものである(2021年6月時点での規定)。そのため、リアルタイムに全世界の宇宙放射線による被ばく線量率を評価できる被ばく線量評価モデルが必要であり、世界の複数の国で開発が進んでいる。航空機被ばくメカニズム2.1地球に飛来する宇宙放射線の起源とフラックス宇宙から飛来する宇宙放射線は、太陽系外から定常的に飛来している銀河宇宙線と、太陽フレアやCME発生時に突発的に太陽から飛来する太陽放射線(太陽高エネルギー粒子、太陽宇宙線とも呼ばれる)に大別される。銀河宇宙線も太陽放射線も主成分は水素の原子核であり、これらは一次宇宙線と呼ばれる。銀河宇宙線は、主に銀河系内の超新星残骸衝撃波などによって加速され、太陽系内にまで伝搬してきていると考えられている。そのスペクトルは、keV領域から100 EeV(1020eV)付近にまで及ぶ非常に広範囲なべき分布を持っており、そのべき指数はおおよそ2.7程度である。したがって、TeVを超えるエネルギーを持つ銀河宇宙線のフラックスはそれほど大きくなく、航空機被ばくに寄与する宇宙線のエネルギーはおおよそ百MeV~数百GeV程度である。このエネルギー帯の銀河宇宙線フラックスは、約11年周期で変動する太陽活動に連動して変化し、太陽活動極大期には減少し、極小期には増加する。つまり、銀河宇宙線フラックスは太陽活動と反相関しているということになる。DLRモデル[7]で計算した典型的な太陽極大期及び極小期における銀河宇宙線フラックスを図1に示す。なお、数日という短い時間スケールでは銀河宇宙線フラックスはほとんど変化しない。そのため、銀河宇宙線による被ばく線量も、数日という短い時間スケールでは変化せず、避けることができない定常的な被ばくとなる。一方、太陽放射線フラックスは、大規模太陽フレアやCMEに伴って突発的に増加し、数時間の時間スケールで減少する。そのフラックスは、極端な場合には銀河宇宙線フラックスの100–1,000倍にも達することもある。これらは、主に、太陽フレア、コロナ衝撃波、惑星間空間衝撃波で加速され、特に航空機被ばくの要因となるような百MeV以上のエネルギーを持つ太陽放射線は、極端に速度が速い惑星間空間衝撃波を伴う現象を別にすると、主に、太陽フレアやコロナ衝撃波(つまり太陽近傍)で加速され、惑星間空間中を地球近傍に伝搬してくる。地球近傍で観測されるこれらの太陽放射線のエネルギースペクトルは、大まかにはべき分布となっている。しかし、そのべき指数は、銀河宇宙線の様に常に同じになっているわけではなく、現象ごとに大きく異なる。過去に発生した巨大なイベントの太陽放射線フルエンス(フラックスの時間積分)推定値を図2に示す[8]。軟らかい(べき指数が大きい)スペクトルは、相対的に高エネルギー成分が少なく、逆に硬い(べき指数が小さい)スペクトルは相対的に高エネルギー成分が多くなる。このべき指数の違いは航210210410610−1010−810−610−410−2Proton energy (MeV)Flux (cm−2MeV−1s−1)Solar minimumSolar maximum図1 DLRモデル[7]で計算した太陽活動極小・極大期における地球近傍の銀河宇宙線陽子フラックス158   情報通信研究機構研究報告 Vol.67 No.1 (2021)4 太陽・太陽風研究

元のページ  ../index.html#164

このブックを見る