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はじめに宇宙天気予報は、主として太陽活動の変化によって生じる宇宙環境のじょう乱現象が、人類が活動している地球及び人工衛星等に与える影響の、現況把握と予想を行う研究・業務と定義できる。歴史的には、以下の3つの時代を経て、到達した概念である。(1)現状把握の時代無線通信の黎明期に、(特に短波帯の長距離の)電波の伝わり方に影響を与える電離層が、地球上の位置(特に緯度)、時刻(昼夜)、季節などにより、どのような状態にあるかをまず把握するため、世界各地で電離層の定常観測(ルーチン観測)が行われた。これを天気予報に例えると、各地に設けられた百葉箱を使って、毎日の気温や天気の記録を取り続けることに相当する。(2)電波予報の時代定常観測によって世界各地の電離層の現状把握ができてくると、その蓄積から規則性を見いだし、任意の地点における電離層の状態を推定できるようになり、その結果、「電波予報」が可能になった。電波予報は、ある与えられた送受信条件において、定められた2地点間を伝わる電波の強度及び到達する周波数の範囲、すなわち最高使用可能周波数(MUF)と最低使用可能周波数(LUF)を予測することをいう[1]。これを天気予報に例えると、本州では6~7月は雨が多く、8月は蒸し暑い、といった季節の傾向について、平年の状況及びそれとの差を予報することに相当する。電離層が太陽活動による影響を受けることは、早い段階から知られていたが、その影響は複雑であったため、当初は太陽活動による影響を無視し、太陽黒点数が同じ場合という条件付きで、平均的な規則性に基づいて推定・予報することが限界であった。やがて更に長期間の定常観測データが積み上げられてくると、約11年周期で活発化と静穏化を繰り返す太陽活動の影響を考慮した予報を行えるようになった。電波予報は、短波による新しい通信路を開設する場合に、最良の通信品質を保つためには、時刻や季節に応じていかに周波数を選定するか、送信電力や空中線はいかなる程度のものを設備すべきかという、無線回線設計の根拠となるものであった[2]。相手方のいる無線通信の安定化のための予報では、地球上で離れた送受信地間の無線通信回線の品質を予測する必要があるため、ある1点の電離層の状態を推定するだけでは不十分で、地球上の2地点間のルート上の電離層の状態を含めて推定する必要がある点が、地上のそれぞれの地点における天気予報とは異なる。(3)電波警報の時代長距離通信の主役が、短波通信から、マイクロ波や1宇宙天気予報は、無線通信の品質に影響を与える電離層(最近は電離圏と呼ばれるが、歴史的な資料を扱う本稿では、旧来のまま電離層と呼ぶこととする)の変動を観測・予測する研究として、始まった。その研究の歴史は、無線通信の歴史と、軌を一にしている。本稿では、我が国の電離層観測及び電波伝搬研究の誕生から、宇宙天気予報業務の前身に位置づけられる電波警報業務が軌道に乗るまでの期間を中心に、その歴史を紹介する。Space weather forecasting had begun as a study to observe and predict disturbances in the ionosphere that affect the quality of wireless communications. Then, the history of ionospheric ob-servation research has the same direction and long history as the history of wireless communica-tions. This paper introduces the period from the birth of ionospheric observation and radio wave propagation research in Japan, to the smooth implementation of radio wave warning research and services, which is the prehistory of space weather forecasting.5-5 我が国における宇宙天気予報の前史 ~電離層観測の黎れい明めい期を中心に~5-5Prehistory of Space Weather Forecast in Japan -Dawn of Ionospheric Observation-滝澤 修TAKIZAWA Osamu2115 定常業務

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