地球間現象のモニターとしての役割も果たし、太陽地球間物理学という新しい学問分野の誕生に寄与した。4.6宇宙開発と電離層観測戦後の電離層観測・電波伝搬研究は、宇宙開発に伴うロケットと人工衛星の発達により、これまでの地上からの観測だけでは得られなかったデータを得られるようになったことが、特筆される。ロケットあるいは人工衛星を用いた電離層観測・電波伝搬研究は、手法により以下の3つに大別できる。(1)人工衛星電波を用いた観測地球を周回する人工衛星の出現により、宇宙空間で発射点が移動する人工電波が電離層を突き抜けて地上に届くことで、電離層の不規則性分布や全電子数を広範囲に観測することが可能になった。1957年に人類最初の人工衛星である旧ソ連のスプートニク1号が打ち上げられると、さっそく電波研究所では、同衛星が発射する20 MHzの電波を連続受信し、軌道と受信範囲の関係を求めて、見通し外の衛星から電離層反射及び地上反射で届く電波の伝搬様式について、基礎的な検討が行われた[28]。その後も、周回衛星や静止衛星から届く電波を用いて、ファラデー現象、ドップラー現象、電波通路の湾曲等を利用した電離層観測研究が、盛んに行われた[7]。(2)ロケットによる電離層の直接観測電離層の直接観測に用いられたロケットは、人工衛星を軌道に乗せるためではなく、電離層の高度まで上昇して、プローブにより電子密度等を直接に観測するための弾道飛翔体である。我が国のロケット開発は1955年に東大によるペンシルロケットの実験から始まり、電離層の直接観測は、1960年7月に秋田県の道川海岸におけるカッパ8形2号機によるものが最初で、その時の高度は約200 kmであった。その後、射場を鹿児島県の内之浦に移転し、1964年頃には、ラムダ形ロケットにより高度1,000 km以上に達し、電離層を突き抜けて宇宙側(トップサイド)にまで至る電子密度の高さ分布等が、詳しく観測できるようになった。(3)電離層観測衛星による観測ロケット技術の発達により、電離層観測機器を搭載した周回衛星が打ち上げられ、衛星から下向きに、エコーの見かけ距離対周波数d’-fすなわちトップサイド・イオノグラムの観測が可能になった。前述の弾道ロケットでは観測は一発勝負となるが、電離層観測衛星による観測は周回飛行中に繰り返し、地球上の異なる場所のトップサイド・イオノグラムを観測できる。我が国では、1960年代にISIS(国際電離層研究衛星)のプロジェクトへの参加に始まり、日本最初の実用衛星である電離層観測衛星ISS(うめ)及びISS-b(うめ2号)を用いて、電離層観測のほか、電波雑音観測、プラズマ観測、イオン組成観測等を行い、人工衛星観測によるF2層臨界周波数の世界分布図を、世界で初めて作成する等の成果を挙げた[29]。4.7宇宙天気予報業務の開始 [30]電離層観測・電波伝搬研究は、当初の目的であった短波通信の安定化の重要性が低下し、一方では人工衛星が多数打ち上げられて実用化され、衛星に障害を与える宇宙空間の環境変化を把握し予報する必要性が増してきた。そのため郵政省電波研究所では1979年頃から、宇宙時代を見据えて、電離層観測、電波予報、電波警報などの定常業務の見直しを始め、1984年度には、定常業務の簡素化・合理化と、電波利用形態の変化や宇宙利用の発展に応じた新しい予警報の開発を進める提言が出された。これを受けて、1988年(昭和63年)度から「宇宙天気予報システム」の研究開発が、電波警報業務を行っていた平磯支所(旧平磯電波観測所)を中心として始まった。「宇宙天気予報」の名称については、電波警報業務の見直しのさなかに、1984年11月に京都で開催された、国際MAP(中層大気国際共同観測計画)シンポジウムに出席した、丸橋克英(後の平磯支所長)と富田二三彦(当時研究官)の会話の中から、生まれたとされる。「宇宙環境予報」という名称案を物足りなく感じた丸橋が、富田に「電波の天気予報」という表現を紹介したことが背景にある[31]。この表現は、平磯支所が置かれている平磯町(那珂湊市)が1972年(昭和47年)に刊行した「平磯町六十五年史」[32]の中で、以下の平磯支所の紹介文に登場していたことが、丸橋の回想に記述されている[31]。旅に出る人があすの天気予報を気にするように、地球上の一点から他の地点へ電波が伝わって通信を送る時、空中状態が電波の旅行に適しているかどうかの予報はきわめて大切なことである、平磯電波観測所がこのような「電波の天気予報」を出していた当時、日本で唯一つのところで、国際観測年の間は極東観測センターであるわが国の重要な部門として国際的に活躍していた。開始当初の宇宙天気予報システムは、宇宙環境じょう乱の根源である太陽活動の観測システムの充実や、観測データの国際間の迅速な交換を可能にするコンピュータネットワークの整備などに、力が入れられた。太陽電波観測については初年度に、70~500 MHz帯のダイナミックスペクトル計が整備され、後に二つのアンテナが増備されて、25 MHz~2.5 GHzまで連続的にカバーするようになり、HiRAS(ハイラス)と命名された広帯域ダイナミックスペクトル計を使って、226 情報通信研究機構研究報告 Vol.67 No.1 (2021)5 定常業務
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