観測データの重要性について、以下の言葉を残している[9]。この言葉で、本稿を締めくくりたい。観測データというものは、それが何年何月何日の何時何分の値であるという点に大切な意味があります。後になってある研究者が過去のデータを必要とした時、何らかの理由で欠測になっていたということがしばしばありますが、このような時は涙をのむほかありません。これを考えると、観測者は毎日一種の科学的文化財を生み出しているのだと私は考えています。謝辞まず、NICT研究報告の宇宙環境計測・予測技術特集に、本稿の執筆の機会を与えていただいた、石井守電磁波伝搬研究センター長に感謝する。本稿については、丸橋克英元平磯支所長及び富田二三彦元平磯研究官に推敲いただいた。本稿は、NICT平磯太陽観測施設の100周年を記念して2015年に刊行された「平磯の100年:その歩みと回想集」の中で筆者が執筆した「平磯無線100年の前半史」[36]、2016年にRFワールド誌(CQ出版)に連載した、「日本の無線通信研究の故郷 平磯無線の100年史」[37]、2017年から2018年にかけて電波技術協会報FORNに連載した、「電気試験所の偉業と平磯出張所」[38]及びRadio Science誌に石井研究センター長らと共著で執筆した2021年の論文[39]をベースにしている。本稿の執筆にあたり、現在整理中の歴史資料を多数引用しているが、同資料の整理にあたっては、畚野信義元通信総合研究所長ら元職員にアドバイスをいただいている。2016年にRFワールド誌上に筆者の連載が掲載された際に、同誌の別の号の同じコーナー[40]に原稿を執筆していた、京都大学名誉教授の木村磐根先生から、筆者宛に読後の感想が下記のとおり届いた(抜粋)。(中略)…貴君の名前も懐かしく、また前田憲一先生が京大を卒業後まず入所された平磯出張所の記述が懐かしかったです。またこの頃の日本の無線に関する歴史を詳細に書いて頂いているのは大変貴重です。ご苦労されたと思いますが私にとっても大変良い復習になりました。木村先生は、通研から京大に移った前田憲一の一番弟子で、筆者が郵政省電波研究所に就職を希望した際にお世話になった。2019年12月3日に他界した先生の追悼集[41]において筆者が執筆を約束した歴史書として、本稿を木村先生のご霊前に捧げる。参考文献】【1日本中心の短波伝搬曲線集, 郵政省電波研究所, 1986年. 2難波捷吾, “短波伝播特性並に短波電界強度計算法に就て,” 電気試験所研究報告, no.336, 逓信省電気試験所, 1932年8月.3田尾一彦, “Ⅵ-3. 電離圏,” 電波研究所季報, vol.15, no.78, pp.383–388, 郵政省電波研究所, 1969年5月.4我が国における電離層観測機の変遷, 郵政省電波研究所, 1984年3月.5前田憲一, “電離層研究の五十年,” 電波研究所季報, vol.33, no.167, pp.51–91, 郵政省電波研究所, 1987年6月.6“イオン化大気層に関する研究(第1回報告)KH総高測定(測定装置之部),” 研究実験成績報告 第1024号, 海軍技術研究所, 昭和7年(1932年)10月30日. 7電波研究所二十年史, 郵政省電波研究所, 1975年3月.8前田憲一, “電離層並に近距離短波伝播に関する研究,” 電気試験所研究報告, no.426, 逓信省電気試験所, 1938年11月.9前田憲一先生退官記念集, 京都大学工学部電気系教室 前田憲一先生退官記念会, 1973年6月.10上田弘之, “郵政までの思い出,” 電波時報, vol.27, no.6, pp.57–62, 郵政省電波監理局, 1972年6月.11電波研究所沿革史, 郵政省電波研究所, 1961年3月.12電波監理委員会編, "第三節 短波送信機 1 岩槻の実験装置,” 日本無線史, 第1巻, pp.159–162, 電波監理委員会, 1950年.13“電離層の経度による変化 ―F2層電子密度,” 電波物理研究所研究報告,秘第2号, 文部省電波物理研究所, 1942年4月.14Appleton, E.V., “Two Anomalies in the Ionosphere,” Nature, no.157, p.691, 1946. https://www.nature.com/articles/157691a015“赤道地方に於ける短波伝播特性曲線,” 電波物理研究所研究報告, 秘第6号, 文部省電波物理研究所, 1942年12月.16上田弘之, “第2章 陸軍における電波伝播の研究,” pp.615–629, 陸軍兵器総覧, 日本兵器工業会, 1977年3月.17田尾一彦, “Bayley博士の思い出,” 通信総合研究所五十年記念誌, pp.272–273, 総務省通信総合研究所, 2001年3月.18飯田尚志, “通信総合研究所の恩人を偲んで,” CRLニュ–ス, no.282, 郵政省通信総合研究所, 1999年9月. http://www.nict.go.jp/publication/CRL_News/9909/onjin.html19永野宏, 佐納康治, “日本の地球電磁気学の歴史 ―IGYの前までを中心にして,” 地球電磁気・地球惑星圏学会, https://www.sgepss.org/sgepss/history/20180711_Chap7.pdf, 2021年6月3日閲覧.20吉田五郎, “逓信省電気通信研究所生誕の必然性とその任務,” 通研月報, vol.1, no.1, pp.12–31, 逓信省電気通信研究所, 1948年10月.21網島毅, 波濤:電波とともに五十年, 電気通信振興会, 1992年.22網島毅, “「標準電波50年の歩み」の刊行を祝して,” 標準電波50年の歩み, 郵政省通信総合研究所標準測定部, 1991年3月.23木所常一, 森弘隆, “電波警報業務の概要,” 電波研究所季報, vol.32, no.162, pp.1–46, 郵政省電波研究所, 1986年3月.24電波監理委員会告示第4号, 官報, 第7498号, 昭和27年1月8日. https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/296405125企画部, “ウルシグラム放送のあゆみ,” 電波研究所ニュース, no.66, 郵政省電波研究所, 1981年9月.26川崎和義, 石橋弘光, 徳丸宗利, “宇宙環境情報サービス,” 通信総合研究図37前田憲一(1909年~1995年)1983年10月15日に京都大学工学部電気系教室で開催された名誉教授の講演会において、当時は学部生だった筆者が撮影した動画の一コマ。2295-5 我が国における宇宙天気予報の前史 ~電離層観測の黎明期を中心に~
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