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以上から分かるように、熱圏と電離圏の状態について現況を正確に把握し、定量的に予測することは、短波の通信や衛星測位システム、LEO衛星が提供するサービスなどの安定な利用に寄与するものである。本稿では、このために開発している大気圏及び電離圏の全球シミュレーションモデルについて紹介する。全球大気圏–電離圏モデルGAIAの概要まず熱圏や電離圏を扱うモデルの種類について述べ、その後に我々の開発しているGAIA(Ground-to-top-side model of Atmosphere and Ionosphere for Aer-onomy)について紹介する。2.1熱圏・電離圏モデルの種類熱圏・電離圏モデルの種類を図2にまとめている。本稿では全球モデルを扱う。局所的なじょう乱現象の再現を目的とする電離圏モデルについては本特集号の2-4[2]で扱う。全球の熱圏・電離圏モデルには大きく分けて2つの種類がある。一つは実際の観測データに基づき位置や時間、季節、太陽活動、地磁気じょう乱指数などを変数として統計的に整理したもので、平均的な振る舞いを記述する経験モデルである。もう一つの種類は大気の物理法則に沿って方程式を数値的に解く物理モデルである。一般に経験モデルの方が月平均程度の規則的な大気の振る舞いを良い精度で再現する。一方、物理モデルは太陽や磁気圏など外部からの入力や、下層大気の状態に基づいて理論的に大気の変動を導き出すものであり、規則的な変動だけでなく、数時間程度のじょう乱から数日~数十日の準周期的な変動など不規則的な大気の振る舞いも再現可能とする。また、モデルが対象とする領域の範囲によってバリエーションがある。熱圏・電離圏のみを対象とするモデル、熱圏を含み中性大気全域を対象とする全大気圏モデル、中性大気全域に加え電離圏も対象とする全大気圏–電離圏モデルが存在する。それぞれについて主なモデルの例を図2に掲載している。この中でGAIAは日本の研究チームが開発したものだが、TIE-GCMとTIME-GCM、WACCM-XはNCAR(米国大気研究センター)、WAMとCTIPeはNOAA(米国大気海洋庁)、SAMI3とNRLMSISはNRL(米国海軍研究所)が開発の主体であり、米国での開発が精力的である。このほかに中国や欧州でも独自のモデル開発が進められている。2.2開発経緯熱圏・電離圏の全球物理モデルは歴史的に1980年頃から米国NCARグループや英国と米国NOAAのグループにより研究が始まった。当初は熱圏のみを扱うモデルであったが、1980年~1990年後半にかけて電離圏まで拡張し、さらに中性–電離大気の電気的な結合過程や、磁気圏からの入力などの要素が加わり、TIE-GCMやCTIPeといったモデルに至っている。2000年代になると、大気潮ちょう汐せきの伝搬について理論的な研究が進んだことや、衛星観測によって地表の影響を示唆するような電離圏の分布が発見されたことにより[17]、対流圏から熱圏・電離圏までの上下結合が注目されるようになった。この頃国内では、九州大学と東北大学のチームが気象予報に用いられる大気大循環モデル(GCM:Global Circulation Model)を熱圏まで拡張することにより、世界に先駆けて全大気圏モデルの開発に成功している[18]。さらに、NICTでは全球の電離圏モデルが開発されており[19]、これらのモデルを結合して相互作用の過程を導入することにより、全大気圏–電離圏モデルGAIA[16]が開発された。米国でもNCARやNOAAを中心にWAMやWACCM-Xなどの全大気圏モデル、全大気圏–電離圏モデルの開発が進められた。近年では、これらのモデルに観測データを融合し、現実の熱圏・電離圏の状態を再現・予測する試みがなされている。2経験モデル物理モデル電離圏中性大気熱圏中間圏・成層圏対流圏①②③④⑤⑦⑥①電離圏の経験モデルの例---IRI[3]、NeQuick[4]②熱圏の経験モデルの例---JB2008[5]、GTM2013[6]③全大気圏の経験モデルの例---NRLMSIS[7](密度、温度)、HWM14[8](風速)④電離圏の物理モデルの例---SAMI3[9]⑤全大気圏の物理モデルの例---WAM[10]⑥熱圏-電離圏の物理モデルの例---TIE-GCM[11]、CTIPe[12]、GITM[13]⑦中間圏-熱圏-電離圏の物理モデルの例---TIME-GCM[14]⑧全大気圏-電離圏の物理モデルの例---WACCM-X[15]、GAIA[16]⑧図2 熱圏・電離圏モデルの種類++++++++++++----------++--原子・分子イオン・電子紫外線・X線の入射大気波動の伝搬500-700km90km地表高さ相互作用大気抵抗電波の反射、遅延、シンチレーション、減衰熱圏電離圏太陽磁気圏下層大気粒子・電流の流入図1 熱圏と電離圏の変動とその影響30   情報通信研究機構研究報告 Vol.67 No.1 (2021)2 電離圏研究

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