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赤道スプレッドFとプラズマバブル イオノゾンデを用いた電離圏観測が開始されてまもなく、ペルーのHuancayoにおける観測で、高度約200–500 kmの範囲で観測されるF層のトレースが通常よりもレンジ方向や周波数方向に「広がって」見える現象が発見された[3]。これは、F層が一様な成層構造ではなく、空間的に不規則な構造を持っているためであり、赤道域で観測されるものは特に「赤道スプレッドF」と呼ばれるようになった。この不規則構造の生成要因として、レイリー・テイラー不安定によるF層の不安定化が提唱された[4]。レイリー・テイラー不安定は、軽い流体が下層に、重い流体が上層に存在する場合に生じる不安定現象であり、電離圏ではF層の電子密度がピークとなる高度よりも下部で成長率が正となる。しかし、ペルーのJicamarcaに建設されたVHFレーダーによる観測から、赤道スプレッドFに伴う3 mスケールの不規則構造はF層ピーク高度より上部でも観測されることが明らかとなり、レイリー・テイラー不安定では説明できないと考えられるようになった[5]。 この問題を解決したのが、「プラズマバブル」の概念である。図1に示すように、電離圏下部の非常に低密度の領域が泡のように非線形成長することで、電離圏上部にまで到達できると推測した[6]。Ronald Wood-man博士は、Jicamarcaレーダーによる赤道スプレッドFの観測からこのプラズマバブルの概念を着想したのであるが、この時点で実際の現象をほぼ正確に表現できているのは驚くべきことである。電離圏局所シミュレーションの歴史と現状         3.12次元シミュレーションWoodman博士によって提唱されたプラズマバブルの非線形成長による電離圏上部での不規則構造の生成は、ほぼ同時期に別の目的で開発が進められていた数値シミュレーションモデルを応用することで、低密度領域がF層ピーク高度よりも上部にまで到達する様子が再現され、プラズマバブルの概念が広く認められることとなった[7]。図2に、赤道電離圏の局所シミュレーションモデルにより初めて再現されたプラズマバブルの成長過程を示す[8]。磁気赤道上空では地球磁場が水平北向きであるため、東西-鉛直の二次元断面を計算領域とすると、磁力線は計算領域全体に対して垂直となり、二次元直交座標系において磁力線直交成分の運動のみを扱えばよいので非常に都合がよい。この特徴により、2次元シミュレーションモデルは1990年代にかけて大きく発展し、プラズマバブルの様々な特徴を再現することに成功した。ただし、磁力線が高緯度に向かって湾曲して電離圏E領域と結合する効果は含まれないため、南北両半球のE領域をそれぞれ1層23図1 Woodman博士により提唱されたプラズマバブルの概念図[6]図2 2次元シミュレーションにより初めて再現された、プラズマバブルの発達の様子[8]40   情報通信研究機構研究報告 Vol.67 No.1 (2021)2 電離圏研究

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