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まえがきスポラディックE(Es)層は高度90 kmから120 kmに突発的に現れる高電子密度の薄い層で、その存在は地上からの電波観測やロケット観測により1940年代頃から知られていた。Es層を構成するのは主に金属イオンであり、それらは宇宙空間から地球大気に入射する微粒子(流星塵じん)によって供給された鉄(Fe)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、ナトリウム(Na)、ケイ素(Si)などの金属原子が、太陽極端紫外線(EUV)による電離や、NO+やO2+などの電離圏イオンとの電荷交換によってイオン化されて生成されたものであると考えられている。これまでのロケット観測によると、Es層は鉄イオン(Fe+)が主成分であることが多いが、その他の金属イオンもしばしば検出されている。超高層大気中では金属原子は微量であるため金属イオンの生成率は非常に小さいが、NO+やO2+などの分子イオンに比べ消滅の時定数がはるかに長いため、一旦生成されると電離圏内に長期間留まる性質がある。Es層の発生は顕著な季節依存性を持ち、春から夏にかけて頻繁に現れる傾向があるが、秋から冬にかけても時折強く現れることがある。太陽活動や地磁気活動の依存性は弱いことから、その発生には下層大気から伝搬してくる潮ちょう汐せき波、プラネタリー波、重力波などの大気波動が重要な役割を担っていると考えられている。また、Es層の発生率には顕著な地域依存性も見られ、日本を含む東アジア域では他の地域に比べ発生率が高いことが知られている[1][2]。このことはEs層が下層大気での大気波動の地域依存性と関連していることを示唆している。Es層はHF帯やVHF帯の電波を反射するため、この周波数帯を使った通信や放送などの混信を引き起こすことがある。また、最近ではEs層による異常反射が航空管制システムにも影響を及ぼすことが報告されており、Es層の発生を事前に予測することが求められている。情報通信研究機構(NICT)では、電離圏じょ1スラディックE(以下Es)層は、高度90 km~120 kmに突発的に現れる高電子密度の薄い層である。Es層はHF〜VHF帯の電波を利用した通信・放送や航空機の管制などに混信を引き起こす場合があり、その発生予測は宇宙天気予報における重要課題の一つとなっている。Es層についてはこれまでに様々な研究が行われてきたが、実際のEs層の振る舞いは極めて複雑であり、数値モデルによる再現や予測はほとんど不可能と考えられてきた。しかし最近になって、全球大気圏–電離圏モデルGAIAを用いたEs層の数値シミュレーションモデルが開発され、これによって現実的なEs層の構造の再現が可能となってきた。本稿では、Es層の数値シミュレーションについて解説するとともに、Es層の発生予測の可能性についても述べる。Sporadic E (Es) layers are narrow layers with high electron densities consisting mainly of metal-lic ions. These layers appear sporadically in the region predominantly at altitudes between 90 km and 120 km. Among the many kinds of space weather disturbances, Es layers are one of the most important phenomena because they significantly affect radio communication and broadcast sys-tems as well as air-navigation systems, which use high-frequency (HF) and very high-frequency (VHF) radio waves. Despite various studies, it seemed impossible to reproduce and predict the Es layer because actual behavior of the Es layer is extremely complicated. Recently, however, a new model has been developed to numerically reproduce the Es layer using the whole atmosphere-ionosphere coupled model GAIA and a local high-resolution ionospheric model. This paper de-scribes the numerical simulation of the Es layer and a prediction of Es occurrence.2-5 スポラディックE層の再現2-5Reproducing the Sporadic E Layer品川裕之SHINAGAWA Hiroyuki472 電離圏研究

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