る。前節で述べたように、もしある高度より上方で下向きイオン速度、下方で上向きイオン速度を生じさせるような高度方向の水平風の変化 (水平風シア) があると、その高度領域にイオンが集積して高密度の金属イオン層 (Es層)が形成される。3.3Es層を支配する物理過程基本的には、上記の方程式系に物理過程のパラメータを与えて、数値的に解くことによって、金属イオンの分布が求まり、中性風のシアによってEs層が形成される過程を再現することができる。Es層の形成に関連する主な過程としては以下のものがある。(1) 中性風Es層の形成の主要メカニズムは中性風のシアであるが、この領域は衛星による直接観測が難しいため、中性風の観測は主にロケットや地上からの光学観測やレーダー観測などで行われてきた。そのため広範囲の定常的な観測が難しく、実際の中性風とEs層の定量的な関係が明らかになっていなかった。しかし、最近になって大気圏–電離圏の数値モデルの精度が向上し、観測データを補うものとして数値モデルのデータが利用されるようになってきた。(2)金属原子、金属イオンの流入量Es層を構成する金属イオンの起源は、宇宙から降り込んでくる金属を含む微粒子である。粒子の大きいものは流星となって観測されるが、ほとんどは観測されないほど小さい微粒子である。これらは常時地球大気に降り注いでいるが、その入射量は一定ではなく、季節変化などのほか、流星群などに伴う突発的な増加もあると考えられている[12][13]。実際にどのくらいの量がどの場所に降り込んでいるかは明確にはわかっておらず、流星の観測データやロケット観測などによる金属原子やイオンの分布に基づく理論・経験モデルが構築されてはいるが、まだ不確定性がある[14][15]。また、一旦流入してきた金属原子は熱圏大気の風によって水平方向に運ばれるため、金属原子がどの場所にどのくらい分布しているかについてもはっきりとはわかっていない。(3)イオン化学反応金属イオンは、金属原子が太陽極端紫外線の光電離によってイオン化されて生成される過程と、背景のNO+やO2+などの分子イオンと電荷交換する過程によって生成される。その後、一部は更に背景の分子と化学反応して別のイオンになり、最終的には電子との解離性再結合によって金属原子にもどる。Ca+の場合、主な化学反応過程は以下のものである。Ca + hv → Ca+ + e : 光電離による生成Ca + O2+ → Ca+ + O2 : 背景イオンとの電荷交換による生成Ca + NO+ → Ca+ + N2 : 背景イオンとの電荷交換による生成Ca+ + e → Ca + hv: 電子との再結合による消滅実際にはこの他にも多くの化学反応過程があり、中性のCa原子は化学反応によって他の様々な分子と結びついて大きな分子となり、徐々に下層大気に輸送されてEs層の領域からは消滅していくと考えられている。鉄やマグネシウムなどの他の金属イオンについても基本的には同様の化学反応である[16]。(4)電離圏電場電離圏中には熱圏の中性風によって励起される電場(ダイナモ電場)と、磁気圏起源の電場があり、これらの電場が電離圏F層のイオンドリフトを引き起こし、電離圏密度分布に大きな影響を及ぼすことが知られている。これらの電場は、Es層の高度領域でも存在しており、Es層の生成や変動に影響を与える可能性が示唆されている[17]。しかし、Es層領域での電場とその電場がEs層に及ぼす影響についてはまだ未解明の点が多く、現在様々な研究が進められている[10][18]。以下に紹介する3次元モデルでは電場の影響は無視している。3.4GAIAを用いたEs層の3次元シミュレーション前述のように、これまでに多くのEs層のモデリング研究が行われてきたが、基本構造の再現に留まっており、実際に観測されるEs層の振る舞いを十分な精度で再現できてはいなかった。最近になって、GAIAで得られるデータを用いたEs層形成の3次元シミュレーションモデルが開発され、ある日時・場所で観測されたEs層の実際の変動の様子がほぼ再現された[11]。この研究は、将来的にEs層の数値予測につながるものとして重要な成果である。以下にその概要を述べる。GAIAは、大気圏と電離圏を同時に解くモデルであるが、電離圏モデルの格子間隔は標準版の場合、電離圏E層付近で高度方向が10 km、緯度方向が2.5度、経度方向が1度である。Es層は厚さが数百 m〜数 km程度であるため、その構造をGAIAで直接再現することはできない。したがって、Es層のシミュレーションでは、GAIAとは別に局所的な高精度の電離圏モデルを用いて、GAIAの中性大気のデータを入力とすることにより電離圏を高精度で再現した。この局所電離圏モデルは、計算領域は高度方向に85 kmから220 kmまでで、緯度・経度方向には、それぞれ20度の幅としている。この計算領域の中心は、北緯35.7度、東経139.8度として、日本全体を含むモデルとなっている。格子間隔は、高度方向は高度85 kmから140 kmまで50 情報通信研究機構研究報告 Vol.67 No.1 (2021)2 電離圏研究
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