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の不具合につながるリスクが上昇する。さらに、影響は宇宙空間のみにとどまらず、じょう乱は磁気圏から電離圏へ伝わり、航空機の運航や通信・放送インフラなどにも影響する。極めて強い磁気嵐に伴う誘導電流は地上の送電設備に障害を与えることがある。「宇宙天気」は太陽から地球に至る電磁環境を含む状況を指す。この中には人類の健康や社会インフラに影響を与える宇宙放射線や地磁気嵐などの宇宙環境変動を含む。宇宙天気研究における過去10年間の国内外の動向          2010年以降、宇宙天気研究をめぐる国内外の動向は非常に激しく変動し、その影響は我々の研究活動にも大きなものとなった。2011年3月11日に発生した東日本大震災は我が国の社会に甚大な被害を及ぼすと同時に、想定外の自然災害に対する再検討の必要性が強く求められた。経済産業省は電気設備自然災害等対策ワーキンググループの中間報告書(2014年6月)において、現在の電気設備及び電力システムの体制を評価し、自然災害に強い電気設備及び電力システムの在り方等の検討を行った。この中で、太陽フレアの発生による電気設備への影響に至るメカニズムを把握するとともに、現行の保安水準の調査を行う必要があるとされた。これを受ける形で、2015年2月に「太陽フレアによる地磁気誘導電流に関する調査検討委員会」が設置され、太陽地球環境研究の専門家と電力工学の専門家による議論がなされた。宇宙天気分野での現業機関との検討は当時非常に珍しく、その後の議論の先駆け的な位置づけとなった [1]。総務省では、2016年に「宇宙×ICTに関する懇談会」が発足し、ICTを活用した宇宙利用のイノベーションがもたらす新たな社会像やその実現方策を検討し、我が国における戦略的な宇宙利用分野のイノベ―ションの創出を目指すこととした。この中で宇宙環境計測分野は、宇宙通信や時空計測、リモートセンシングと共に測位や通信、保険業界との検討が進められた[2] 。2015年には科学研究費補助金・新学術領域研究の枠組みで「太陽地球圏環境予測:我々が生きる宇宙の理解とその変動に対応する社会基盤の形成」(略称:PSTEP)が採択され、100名を超える国内外の研究者が参画するプロジェクトとなった。PSTEPは総括班と4つの活動班(予報システム班、太陽嵐班、地球電磁気班、周期活動班)から形成され、予報システム班はNICTの宇宙天気予報業務を軸として、他の班で得られた最先端の研究成果を業務に展開する懸け橋としての役割を担った。この活動の中で、航空機被ばく推定システム(WASAVIES)や電波伝搬シミュレータ(HF-START)、衛星帯電推定モデル(SECURES)など多くのアプリケーションの開発がなされると同時に、ユーザーとの双方向コミュニケーションの場として「宇宙天気ユーザー協議会」の設立等が進められ、太陽地球環境研究において基礎研究から社会実装までが一貫して検討される体制が形成された[3]。2017年9月に発生した一連の大規模太陽フレアは過去11年ぶりの規模ということもあり、社会影響も懸念されたことからNICTからプレスリリースを行った。これに対する社会の関心は非常に高く、報道各社からの取材が非常に多かったため共同記者会見を開催することとなった。このイベントによる実際の社会活動に対する影響は小さかったものの、我が国として太陽活動に対する備えを充実させる必要性が検討され、宇宙天気監視の24時間運用などその後の宇宙天気監視体制の強化につながった。また国際的には2004年頃から国連の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)での宇宙天気情報の航空への利用の検討が進められてきた。具体的には、短波通信・衛星測位及び人体被ばくについて太陽活動による懸念がある領域について現況及び最大24時間後までの予報情報を航空運用事業者に提供し注意を促すサービスを行うものであり、これに関係する運用方法や体制を検討してきた。その結果、2019年11月7日から宇宙天気情報が航空運用に必要な情報として航空関係各機関への提供が開始された(国際動向については別章に詳細を記述)[4]。2018年11月1日にサービスを開始した準天頂衛星システムによって、高精度衛星測位による様々なサービスが期待される一方で、測位精度に対して電離圏じょう乱が影響を与えることが知られつつあり、電離圏のリアルタイム監視の必要性が高まっている。NICTにおける過去10年間の宇宙天気研究方針と成果  図2は、2012年に第3期中長期計画の中で宇宙環境インフォマティクス研究室が示した研究コンセプトを表す。研究における共通の最終目標として「宇宙天気予報精度向上」を設定し、そこに向けて、当時研究室内で最も対外競争力の強かったモデル・シミュレーションコード開発をコア技術として位置づけ、観測については開発要素のあるものも含めてモデルへの入力及び検証を目的とするものと位置付けた。モデルについては経験モデルと数値モデルを並列で開発し、未知のプロセスを有する宇宙天気予報を行うため経験モデ232   情報通信研究機構研究報告 Vol.67 No.1 (2021)1 緒言 宇宙天気研究の現状と展望

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