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自宅にMICSUSを設置、15日間毎日対話を行ってもらった実証実験の結果について報告する。現状のMICSUSには15種類の対話シナリオがあり、それぞれに異なる質問が含まれている。実証実験ではこの15シナリオを毎日1シナリオずつ使って対話を行い、健康状態や生活習慣などの情報を取得した。15日間を通して、Yes/No質問は4名の合計で398回実行され、その回答を解釈する機能の正解率は93.7%であった。6.3%の解釈誤りのうち最多の64.0%は、ユーザの発話が長くて複雑なケースか、もしくは曖昧で人間でも分類しにくいケースであった。例えば、質問「いつも外へ出る時は歩くことが多いですか?」に対する「近所でしたら大体歩きですが、遠出するときは車に乗せてもらうことが多いですね」という回答のように、人間であってもYesかNoか判断しにくいような事例である。また、質問の聞き直しや回答の訂正などで、最終的にユーザの意図通りに回答が解釈されたかという基準での正解率は95.9%であった。Yes/Noの解釈は、MICSUSの最も基本的な機能の一つであるが、かなり高精度で解釈できることが分かった。高齢者の社会的孤立やコミュニケーション不足の抑制を目的とした雑談機能については、15日間を通して4名で合計157個のWEKDAによる雑談応答が生成された。システム開発者ではない3名の評価者が対話の動画を見て、雑談応答に対する高齢者の反応や応答の質を独立に評価し、多数決で評価結果を確定したところ、157件中の89.2%の140件が雑談応答として適切であると分かった。また、157件中の半数程度である74件(47.1%)について、高齢者が雑談応答に対して笑顔を見せるか、もしくは「やってみます」など行動することを示唆する応答をする、雑談の内容について質問をするなど積極的に興味を示していた。MICSUSの雑談応答は、高齢者が提示した話題に関する広い意味でのチャンスやリスクなど、何らかの新規情報を含む設計になっている一方、既存対話システムは相槌やそれに類する簡単な表現を多用するものもある。相槌等の表現は広範な状況で妥当な雑談応答とみなすことができるため、そうしたシステムでは雑談的応答のうち妥当なものの割合は高くなるが、MICSUSのように新規な情報を提供するタイプの対話システムで妥当な雑談応答を生成することはより難しくなる。こうした点を考慮すると、上記の数字は、極めて良好な品質が達成されていることを示していると考えている。まとめNICT DIRECTが他社と共同で開発を進めている介護支援用マルチモーダル音声対話システムMICSUSについて紹介した。MICSUSは、人手不足が懸念されるケアマネジメント業務の一部を代替し、介護従事者の負担を軽減するとともに、より頻繁な健康状態のチェックを可能にするなど、質の高い介護サービスを実現することを目標とする。さらに、コミュニケーション不足の解消を通じて高齢者の健康状態改善を図る。本稿では、MICSUSの構成、意味解釈モジュールの詳細とその構築、また、雑談対話システムWEKDAを用いた雑談機能について詳しく紹介した。また、高齢者宅に実際にMICSUSを設置して実施した実証実験の結果についても報告した。謝辞本研究は総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム (SIP) 第二期「Web等に存在するビッグデータと応用分野特化型対話シナリオを用いたハイブリッド型マルチモーダル音声対話システムの研究」(管理法人: NEDO)によって実施されたものである。参考文献】【1株式会社日本総合研究所, 平成30年度厚生労働省老人保健事業推進費補助金(老人保健健康増進等事業) 適切なケアマネジメント手法の策定に向けた調査研究報告書, 2019.2斉藤 雅茂, 近藤 克則, 尾島 俊之, 平井 寛, JAGES グループ,“健康指標との関連からみた高齢者の社会的孤立基準の検討: 10年間のAGESコホートより, ”日本公衆衛生雑誌, vol.62, no.3, pp.95–105, 2015.3呉 剣明, 楊 博, 服部 元, 滝嶋 康弘, “マルチモーダル認識技術を活用した対話AI「KACTUS」, ” (株)KDDI総合研究所, 2021.4J. Devlin, M.-W. Chang, K. Lee, and K. Toutanova, “BERT: Pre-training of deep bidirectional transformers for language understanding,” Pro-ceedings of the 2019 Conference of the North American Chapter of the Association for Computational Linguistics: Human Language Tech-nologies, pp.4171–4186, 2019.5呉 鍾勲, クロエツェージュリアン, “大規模Web情報分析システムWISDOM X深層学習版,” 情報通信研究機構研究報告, 本特集号, 3-3, 2022.6飯田 龍, “DIRECTにおける深層学習を用いた大規模自然言語処理,” 情報通信研究機構研究報告, 本特集号, 3-4, 2022.水野 淳太 (みずの じゅんた)ユニバーサルコミュニケーション研究所データ駆動知能システム研究センター主任研究員博士(情報学)自然言語処理【受賞歴】2019年 文部科学省 平成31年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)2019年 公益財団法人通信文化協会 第61回 前島密賞2016年 情報処理学会 2016年度(平成28年度)山下記念研究賞5148   情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.2 (2022)3 社会知コミュニケーション技術

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